2025年長 崎
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グラバー園〜倉場富三郎翁〜

大浦天主堂


グラバー園へ。

8:00開園

旧長崎地方裁判所長官舎


旧リンガー住宅


南 側


旧オルト住宅は保存修理工事中。

旧スティール・アカデミー


倉場富三郎翁


トミー・グラバーは明治3年(1870年)12月8日長崎市西小島町に生る。日本に帰化し学習院に学ぶ。

英国紳士の君は、紋服、袴も持ち又諏訪神社の氏子。トロール船を購入遠洋漁業を創立した。水産県長崎の功労者であり、内外倶楽部を設立、日本と外国との親善につとめその誠実さは終生変わることがなかった。

終戦の年神経衰弱症昂じ昭和20年8月26日逝去、坂本町国際墓地に葬る。

長崎内外倶楽部閉鎖清算委員会

西洋料理発祥の地


明治52年(1977年)、社団法人 全日本司厨士協会建立。

わが国西洋料理の歴史は16世紀中頃、ポルトガル船の来航に始まり、西洋料理の味と技は鎖国時代、唯一の開港地長崎のオランダ屋敷からもたらされた。

1800年代にいたり、横浜、神戸、函館などが開港され、次第に普及し、更に東京を中心に国内に大きく輪を広げ、日本人の食生活に融和され、現在の隆盛となった。ここに西洋料理わが国発祥を記念してこの碑を建てる。

旧グラバー住宅へ。


国指定重要文化財である。

旧グラバー住宅


 この住宅はスコットランド出身の商人トーマス・B・グラバーが親子二代で暮らした邸宅であり、日本の伝統的な建築技術と西洋様式が融合する、現存するわが国最古の木造洋風建築築である。

 平面は採光と通風を意識した半円形で、日本瓦や土壁(漆喰)を用いている。木造菱格子の天井を持つ広いベランダが特徴で、石畳の床に立つ木製の独立円柱、柱間の吊束(つりづか)を持つアーチ型欄間が開放的な雰囲気をかもし出す。

 グラバーは安政6年(1859年)21歳の時に長崎へ来航し、文久2年(1862年)にグラバー商会を設立。翌年にグラバー邸が建てられた。グラバーは貿易商人として日本に西洋の近代技術を紹介するほか、日本人の英国留学を援助するなど近代日本に貢献をし、明治41年(1908年)に明治政府より叙勲を受ける。

 息子の倉場富三郎は長崎、東京で就学した後、アメリカに留学を経て、長崎のホーム・リンガー商会に入社。スコットランド人と日本人の血を引く富三郎は、日本人と外国人が和やかに交流できる場を設けるため「長崎内外倶楽部」を設立するほか、日本で初めて蒸気トロール船を購入し近代漁業に貢献。グラバーが上京後は妻と共に第二次世界大戦前に至るまでこの住宅で暮した。

長崎本線長崎駅


諫早駅へ。

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