俳 書
『渡鳥集』(卯七・去来編)
元禄15年(1702年)11月、丈草跋。
宝永元年(1704年)、『渡鳥集』(卯七・去来編)刊。
渡鳥集昼巻 秋部
贈二芭蕉翁御句一文
十里亭の何がし、撰集の望ミ有。其名を渡鳥集とかいふなるよし、先師に此句有て、西花坊が笈の中に久しくかくし置ける。此度此名の相あへる事の尊とければ、贈りて此集の歡に備へける。
其序手みづからの句も申侍る。
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柴売に連てや市の渡り鳥
| 支考
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雲の根を押て出るや渡り鳥
| 浪花
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| (化)
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先鳥の渡りつけてや雲のみち
| 素民
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秋風や浪をしのぎて雲に鳥
| 素行
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地につゞく沖の夜明や渡り鳥
| 野明
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唐鳥の渡る目当や富士の山
| 魯町
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たそがれや雀もつれて渡り鳥
| 牡年
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粟の穂にあそべ小鳥の渡りかけ
| 北枝
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山鼻や渡りつきたる鳥の声
| 丈艸
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御林や日高にとまる渡り鳥
| 正秀
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海山の心くばりやけさの秋
| 風国
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立山下、魯町がもとにて
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山本や鳥入来る星迎へ
| 去来
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七夕やつゞらをかゞる明日の旅
| 斜嶺
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中ぶとに流れてつらし天の河
| 千川
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夕がほの行衛もしろし天の河
| 野紅
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黍の葉にかげろふ軒や玉まつり
| 洒堂
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支考をやどして、雪の淡路嶋の図を望みける
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に、山は饅頭と云物のごとく、水は蚯蚓に似
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たり。墨を黙々として雪と名づけ、西花坊が
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一世一幅となん。その礼に
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焼酎に明日の望みやへちま汁
| 素行
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送去来
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朝風やまて荷にさはる花薄
| 如叟
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食堂のかねを聞しる男鹿哉
| 許六
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汐風の中より百舌の高ね哉
| 惟然
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ひけらかす口にもいらずそばの花
| 魯九
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月のよの夜明にうつる野原哉
| 水札
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名月や昼より高きならのしやか
| 桃奴
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| (妖)
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太宰府に詣ける途にて
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鶴小屋にかけて稲葉の入日哉
| 卯七
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秋も今里にさがるや菊の花
| 宇鹿
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戸袋の板の透間やきくの花
| 李由
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薄濁る酒やことしの菊の花
| 濫吹
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十五夜の主は客よ後の月
| 此筋
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牡年亭にて
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海山を覚えて後の月見哉
| 去来
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行秋や壁に打むく一羽どり
| 朱拙
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明朝は鱠を致せ神おくり
| 野明
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渡鳥集昼巻 冬部
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しぐれ初て汐ふく海士の行衛哉
| 土芳
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坊といふ音にしぐれて山路哉
| 文鳥
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後の世の事など松のしぐれ哉
| 諷竹
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長崎に先師の碑を建て、時雨塚と名づく。今
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歳神無月十二日人々と詣て、 共四句
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拝み処(ど)にのぼる小坂の時雨哉
| 卯七
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樫の木にたよる山路の時雨哉
| 牡年
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踏分る杖のあまりのしぐれかな
| 野坡
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こゝはまた汐のふる時雨哉
| 素行
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霜さむし鴨は身幅の石の上
| 卓袋
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茶畠に霜こそつゞけ筑波山
| 千調
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こがらしを杖につきけり老の坂
| 智月
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物売の一きわ(は)遠し冬構
| 使帆
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宿丈艸草菴
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さむきよやおもひつくれば山の上
| 去来
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大どしや数(す)たび蹴ちらす馬の沓
| 史邦
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渡鳥集昼巻 春部
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飛車角行と燕メ働く野づら哉
| 一定
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目に立て正月はやしむめの花
| 猿雖
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行鴈の松よりつゞく尾上哉
| 牧童
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折々にひかれて暮す柳かな
| 砂明
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芭蕉居士の旧跡を訪
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志賀の花湖の水其ながら
| 素堂
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湖上先師の御墓に詣て
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無き影をゆすり起すや墓の蝶
| 荊口
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なの花やあたりのかゝの機見廻(舞)
| 野坡
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行春のうしろ便や藤の花
| 可南
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渡鳥集昼巻 夏部
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木曽川の辺にて
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ながれ木や篝火の空の時鳥
| 丈艸
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みやこにのぼりけるに
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時鳥当た明石もずらしけり
| 卯七
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谷ひとつ植て出たる田歌哉
| 一定
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葉がくれに先こそ見ゆれ桐の花
| 玄梅
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明石舟中、先師の句を吟ず
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鮹つぼの上に昼ねや夏がゝり
| 風国
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手取川にて
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昼がほや夜の間もしらず手取川
| 支考
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築(筑)紫に下りける比、伏見の舟中
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夕立の雲もかゝらず留守の空
| 去来
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杣人も鳥も通はず雲の峯
| 林紅
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賀渡鳥集句并序
崎陽の風士卯七は蕉門の誹路ふかく盤桓(たちもとほり)て、高吟酔いをすゝめ、酣酔今に耽る。一句人を躍(をどろ)せずば死ともやまじといへる勇み有けり。此頃撰集の催しありて、野僧が本へも句なんど求らる。松の嵐の響をだに耳の外になしぬれば、かの詩は多く人の吟ずるを聞て、自一字を題せずとかや。古人も草臥たりけり。弥其くさの方人とうち眠ながら、つくづく其酔詠の序にさぞさこそお(を)かしく興ぜられんと、おもひやる心に引立られて、聊拙き詞をまうけて集のことぶきを申おくる物しかり。
句撰(えらみ)やみぞれ降よのみぞれ酒
壬午仲冬日
渡鳥集夜巻
入長崎記
| 落(洛)去来
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錦をきて故郷に帰る人は、沙汰にや及べき。墨の衣の短きに草鞋はゞきはきしめ、頭陀修行して父祖の墓の塵うちはらひ、経よみひろげたらんさまは、さすがに尊ときすじ(ぢ)も有べし。たゞ長途に垢つける衣装の上に腰刀よこたへ、あぶつけといふ物鞍坪(壷)にくゝり付、笠まぶかに、両足ふらめかし、こゝかしこ案内がほにのゝしり来らんを、産神もいかに口をしと見給ふらん。漸く弟の家にたどり入侍れば、親しきかぎりの悦あへるにぞ、せめてはるばるの風波凌たる甲斐有とは覚らる。
凡長崎は日の本の三津の湊ときこゆ。山々とりかこみたる砌り、戸町・西泊の方より潮さし廻り、流一里斗にして、から・やまとの船をとゞめたり。江のうち一の嶋を築て、おらんだといふ国の人を住ましむ。向は水の浦・あくの浦・浦上・稲佐の山並ばえ(へ)茂り、辨財天の社有。放(烽)火山・無凡山の漢(から)めける、かざがしら・鍋かぶりの鄙びたるもお(を)かし。乾の山の木の間に諏訪大明神の宮居をしめて、此浦人を守り給ふ。三段の石壇・二つの華表、昔見し光にやゝまされり。
尊とさを京でかたるも諏訪の月
麓の松の森は、天満宮をあがめ奉りぬ。誠に天みてる御恵みあればにや、所としてまつらずと云事なく、人として崇まずといふ事なし。日見の峠はきのふの跡のしら雲に埋れて、都の空いとゞ遠し。沖はしる舟の上に、帆たけ山は見ゆらんと思ふ物から、愛宕といふ名の恋しく成ぬ。ひんとく坂は田別当にかよひて、肥後・さつまの旅人をすゝむ。小嶋・大浦は秋の気色ながら、なつかしき梅が崎の匂ひすればにや、丸山の山陰に游(遊)女の一里はさだむらん。
すべて家富、郷栄え、町すじ(ぢ)内外にわかれ、六万の人を住しむれば、寺々の数さえ(へ)多く、折ふしの盆会に照り渡りたる燈籠の火影は、去年みし人も今はた驚くばかり也。
見し人も孫子になりて墓参
見る事聞事につけ、旅ねのまくらうちかへし、此文月もくれんとやすらん。かくて住果べきおもひには有ラねど、いつ立出ん空もしられねば、よどづおぼつかなき心にぞ住習ひ侍りける。
故郷も今はかり寝や渡り鳥
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ひゞきほのかに夜の明る月
| 卯七
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元禄十一の秋七月九日、長崎にいたり十里亭に宿す。此主は洛の去來にゆかりせられて、文通の風雅に眼をさらし、長崎に卯七持たりと、翁にいはせたる男也。予此地に來たり、酒にあそばず、肴にもほこらず、門下の風流たれが爲に語らん。
| 支考
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錦襴も純子もいはず月よ哉
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磯まで浪の音ばかり秋
| 卯七
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唐黍の穂づらも高く吹あげて
| 素行
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元禄八年の秋、西の羈旅おもひ立、月に
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吟じ雲に眠りて、九月一日崎江、十里亭
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に落つきける。
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| 惟然
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朝霧の海山こつむ家居かな
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このごろ秋の鰯うり出す
| 卯七
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素行亭
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浦人を寝せて海見る月よ哉
| 去来
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渡り仕舞て鴈静也
| 素行
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送去来帰京
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此ごろの空引のべよ渡鳥
| 卯七
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芦間の月の先にたつ旅
| 去来
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送卯七帰京
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枝々に分るゝ秋や唐がらし
| 洒堂
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草鞋をしめす椽(縁)先の露
| 卯七
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影照院は崎陽の辰巳に有。入江みぎりに廻
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り、小嶋山向に横たふ。吟友支考が
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蕎麦にまた染かはりけん山畠
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と聞えしは、秋の比にや来りけん。其年の名
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残惜まんと人々に誘れて
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山畑や青み残して冬構
| 去来
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朝霜寒う村雀啼
| 素民
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そろそろと駕籠の有迄ふみ出して
| 先放
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酒にしたがる饅頭の代
| 素行
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御部屋には四季をうつして月の影
| 風叩
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此浦に先師の石碑立なん其処もとめに、かた
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はらなる山家に行やすらひて
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籾摺や日なたしに寄る小六月
| 卯七
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かきねをせゝる冬の鶯
| 野坡
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風叩が春の気色見んと舟さし寄けるに乗て
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鶯が人の真似るか梅が崎
| 去来
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柳見たてにこちは深堀
| 風叩
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有がたや一盃すれば春めきて
| 素民
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さきの頭痛を透とわするゝ
| 卯七
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うすうすと西に出て居る三日の月
| 素行
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蕎麦のはな咲岡の白妙
| 先放
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元禄のはじめ都にのぼり、落柿舎を扣ひて
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京入や鳥羽の田植の帰る中
| 卯七
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うれしとつゝむ初茄子十ヲ
| 去来
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