俳 書

『市の庵』(洒堂編)


元禄6年(1693年)夏、浜田洒堂は難波に居を移して「市の庵」を結ぶ。

元禄7年(1694年)夏、『市の庵』。洒堂自序。

洒堂自序

市中にあそふものは家をさたむへからす家をさためてあそふものは鮑さゝいの類ならん去年の夏この難波津に這出て田螺の蓋の明暮をおもへは魚うる聲のほとゝきすにまきれてはしはしは晝のまくらをおとろかしみそれの比の節季節に庭をこねらるゝも餅つかぬ宿のおもひ出にやされは春秋の風情はいふにとほしからす市にも住み山にも住む果は大水をのむ下地なるへし

   元禄甲戌之夏

  贈洒堂

   湖水の礒を這出たる田螺一疋、芦間の蟹のは
   さみをおそれよ。牛にも馬にも踏まるゝ事な
   かれ

難波津や田螺の蓋も冬ごもり
   芭蕉

   武江 ばせを(う)庵にて別るゝ時花生をおくりて

花生を見たしやそちの床柱
   滄波

橘や定家づくえ(ゑ)の置所
   杉風

木の股に落着鳥や秋のかぜ
   曾良

俵つむ陰に雛<ヒヨ>子の凉かな
   岱水

   膳所

畳屋も酔ふ(う)て帰し夏座敷
   曲翠

鋸屑<ヲガクズ>は移徒(わたまし)の夜の蚊遣哉
   正秀

あちらこちた渡て鷹の鳥屋(とや)
   游刀

   京

門売も声自由也夏ざかり
   去来

傘かけて先つきづきし夕すゞみ
   素牛

   難波

俎板は誰が家見ぞ桐の花
   之道

柚の刺<ハリ>の底にも花のにほひ哉
   車庸

   残暑のたへがたき比、夜船よりあがりて、洒
   堂亭にねぶる

稲妻や夜あけて後も船ごゝろ
   丈艸

   閏五月二十二日
   落柿舎乳吟

柳小折片荷は涼し初真瓜
   芭蕉

 間引捨たる道中の稗
   洒堂

村雀里より岡に出ありきて
   去来

 塀かけ渡す手前石がき
   支考

月残る河水ふくむ舩の端
   丈艸

 小鰯かれて砂に照り付
   素牛

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