2009年群 馬

達磨寺〜内藤鳴雪の句碑〜
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高崎市鼻高町に達磨寺(HP)がある。


少林山達磨寺

元禄10年(1697年)、曹洞宗寿昌派の寺として開創。

隠元禅師を中興開山として黄檗宗に改宗。

総 門


平成9年(1997年)10月5日、開創300年を記念して建立。

石 段


大講堂


昭和2年(1927年)に完成。

霊符堂


達磨寺の本堂である。

明治44年(1911年)、再建。

達磨堂に大きな達磨が3つあった。


中曽根康弘 ・ 第84代小渕恵三内閣総理大臣 ・ 第67代福田赳夫内閣総理大臣

群馬県には更に第91代福田康夫内閣総理大臣がいた。

 昭和13年(1938年)6月4日、中島知久平は近衛内閣の鉄道大臣に就任。群馬県で最初の国務大事である。

内藤鳴雪の句碑があった。


秋の空立出て見れば何もなし

 大正2年(1913年)、内藤鳴雪高浜虚子と共に高崎に来遊している。

大正11年(1922年)秋、建立。

大正15年(1926年)2月20日、78歳で没。

 昭和12年(1937年)1月6日、北原白秋は達磨寺の達磨市を見ている。

達磨寺霙おりつつ灯はあかし目無し達磨よ泣きたかるべし

達磨寺目無し達磨の本市は暁かけて夜もすがらあはれ

『渓流唱』

 昭和48年(1973年)4月15日、高浜年尾は達磨寺で「桑海」発刊記念句会。

   同日 午後高崎市少林山達磨寺にて記念句会

枝広く伸べてかざして若楓

折からの雨に散りつぐ残花かな

雨に風添ひ来囀り急に歇(や)


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