同所百人町右側にあり。信州善光寺本願上人の宿院にして、浄土宗尼寺なり。本尊阿弥陀如来御丈(みたけ)は一尺五寸、脇士(けふし)観音・勢至の二菩薩は共に一尺づゝあり。称徳天皇の慶雲元年八月十五日夜、法如尼和州当麻の紫雲庵にて念仏誦持(じゆぢ)の頃、信州善光寺の如来来現ありしを拝し奉り、直ちに一刀三礼にしてその御形を模(うつ)さる。 これ則ち当寺の本尊なり。当寺は永禄元年戊午の創建にして、始めは谷中にありしを、中興紅光蓮社心誉知善上人明観大和尚の時、宝永二年台命に依つてこの地へ遷されけるとなり。
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南命山善光寺

浄土宗の寺である。
信州善光寺は特定の宗派に属していない。
本堂左手の奥庭に芭蕉の句碑があった。

山路來て何やら床しすみれ草
出典は『野ざらし紀行』。
貞享2年(1685年)、芭蕉が京都から大津に至る山路を越えて行く時に詠んだ句とされる。
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嘉永元年(1848年)3月、七十歳翁台山建立。
昭和14年(1939年)4月2日、本田あふひは65歳で没。4日、あふひ告別式。
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降りつゞき春雨傘に又外出
春の雪すぐに解けそめ鳩赤く
『続立子句集第一』 |
昭和19年(1944年)4月2日、高浜虚子と星野立子はあふひ忌に青山の善光寺を訪れている。
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一時(ひととき)を庭の桜にすごさばや
四月二日 あふひ忌。青山、善光寺。
『六百句』 |
四月二日。あふひ忌。墓地より善光寺へ。
藁の軒桜月夜も小淋しき
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