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三笠山にて やま ゆけば もず なき さわぎ むさしの の にはべ の あした おもひ いでつ も |
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「三笠山」 山の形が三重に笠を積みたる形に似たりとてこの名あり。一名嫩草(わかくさ)山。この歌は麓の木立の中にて詠みたるものなり。 |

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『蕉翁句集』(土芳編)は「貞享元子ノとし」とする。 『芭蕉句鑑』は「天和元より三迄の春の部」に収録。 |
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『百人一首』の伊勢大輔の歌に「いにしへの奈良の都の八重桜けふ九重ににほいぬるかな」がある。 奈良の都は、約70年間に元明・元正・聖武・孝謙・淳仁・称徳・光仁の七代の天皇が続いた。 奈良の諸宗では、金堂・講堂・塔・鐘楼・経蔵・食堂(または中門)・僧坊を七堂という。 |

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二十一日。眞砂子を伴ひ、宇治を経て奈良に向ふ。猿沢池畔の宿 に投ず。浜人来訪。鹿十句を作る。 鶏の如く鹿遊びけり三笠山 鹿を恐れて逃げる人あり秋日和 |
