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明治36年(1903年)5月12日、福島県石城郡上小川村に生まれる。 大正14年(1925年)8月、高村光太郎を訪問。 昭和4年(1929年)6月、上毛新聞社に入社。9月頃から萩原朔太郎は前橋に帰郷。萩原朔太郎と交流をもつ。 昭和4年(1929年)10月16日、高村光太郎は友人を誘って赤城へ。 |
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若い私たちはボートで志賀直哉の「焚火」の島に渡った。ひどいガスが、いつの間にかいちめんによどんで、高村さんの吹くサイレンだけがするどく、ガスをひきさいてひびいてきた。 夜は酒とともに盛りあがった。高田と私の議論、岡本が足をすべらして二階からの階段をころがりおちた。しまいには宿屋の酒がなくなって隣の赤城神社のオミキをねだってきては囲炉裏ばたでしばらく飲んだ。
草野心平『わが青春の記』 |
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昭和5年(1930年)11月、上毛新聞社を退社し帰郷。 昭和8年(1933年)9月21日、宮沢賢治は37歳で没。 昭和9年(1934年)1月、『宮沢賢治追悼』を編集・刊行。 昭和10年(1935年)5月、詩誌『歴程』を創刊。 昭和35年(1960年)5月22日、二本松市の霞ヶ城に智恵子抄詩碑建立。 昭和36年(1961年)7月、九十九里町に智恵子抄詩碑建立。 昭和37年(1961年)7月30日、山武町立日源中学校で伊藤左千夫の歌碑除幕。 昭和52年(1978年)8月、広島の平和記念公園に「平和祈念像によせて」の詩碑建立。 昭和62年(1987年)11月3日、文化勲章受章。 昭和63年(1988年)11月12日、85歳で没。 |






