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この公園は、日本の金融界における重鎮で大正から昭和初めにかけて首相、蔵相などをつとめた政治家「高橋是清」翁(1854年〜1936年)の邸宅があったところです。 翁は、昭和11年(1936年)2.26事件によりこの地において83歳で世を去りました。翁の没後、昭和13年(1938年)10月高橋是清翁記念事業会がこの地を当時の東京市に寄付し、昭和16年(1941年)6月東京市が公園として開園しました。その後、昭和50年(1975年)港区に移管されたものです。第二次世界大戦の空襲により翁にゆかりのある建物は焼失してしまいましたが、 母屋は故人の眠る多摩霊園へ移築されていたため難を免れ、 現在は都立小金井公園にある江戸東京たてもの園へ移されています。戦時中撤去されていた翁の銅像も昭和30年(1955年)に再建されました。 現在の面積は5,320平米で、国道246号線の拡幅等により開園当初よりやや減っていますが、和風庭園はほぼ当時のままの姿で残されています。 園内は池を中心として石像や石灯篭が配置され、樹木はかえで、もっこく、うらじろがし、くすのきなどたくさんの種類があり落ち着いた雰囲気をかもしだしています。
港 区 |
| 昭和15年(1940年)、齋藤素巖は高橋是清翁像制作。高橋是清翁記念公園に設置。戦時中の金属供出のため撤去された。 |

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十一月十一日。二百二十日会、赤阪高橋是清邸。今は公園になる。 敷石に雨の鈴懸落葉かな 竹三幹秋風さやぐ庭の隅 公園の道冬草を生ひしめず 懐かしきもの足許の冬の草 虻澄みてつゝと移りて又澄みぬ 山茶花の触れてもこぼれ触れずとも |

| 昭和41年(1966年)にイギリスのディクソン社から当時皇太子妃美智子さまへ贈られたバラです。 |
