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浄土宗で、無量山西方寺と号します。鎌倉光明寺の学僧應誉良道上人が天文8年(1539年)一宇を建立して、阿弥陀如来を祀ったのが始まりです。 当寺は享保2年(1717年)に将軍吉宗が放鷹のため当地を訪れた時に将軍御膳所(休息や食事をする場所)にあてられて以来、幕末まで将軍の御膳所でした。 吉宗は頻繁にこの地へ来て、鷹狩りを行いました。自ら紀州(和歌山県、吉宗は元紀州藩主)から呼び寄せた綱差(つなさし)役(獲物となる鳥の飼育などをする役)加納甚内がこの地にいたこと、当寺この地には鶴が多く飛来していたことによると思われます。吉宗、家重、家治の3代で、100回以上もこの地で鷹狩りをしており、その大半は仲台院を御膳所にしています。 平成元年3月
江戸川区教育委員会 |