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浄土平から磐梯吾妻スカイラインを下り、福島ICから東北自動車道に入る。村田JCで山形自動車道に入り、鶴岡ICから国道7号へ。 日本海に沿って国道7号(おばこおけさライン)を行き、県道44号余目温海線に入ると、温海川沿いに温海温泉がある。 |

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温海温泉では昭和26年の火災の後、源泉を整理統合して集中管理しているそうだ。湧出量は毎分1,300リットル。 「たちばなや」には毎分234リットルの源泉が供給されているという。それなら掛け流しでもいいと思うのだが。 泉質はナトリウム・カルシウム−塩化物・硫酸塩温泉(旧泉質名は含石膏−食塩泉)。泉温は63.5℃。pH7.3。 |

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明治40年(1907年)10月31日、河東碧梧桐は温海温泉に泊まった。 |
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暮坪の立岩というのを名残に少し山に入ってこの温泉につく。あつみ山の屏風に似た高いのが、夕クン(※「日」+「黒」)の今消えようとする微光に満山の紅葉をほのめかしておる。 |
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大正3年(1914年)6月7日、東洋大学の創設者井上円了は温海温泉を訪れている。 昭和10年(1935年)6月30日、与謝野晶子は温海温泉を訪れた。 |


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「あつみ温泉朝市」は300年程の歴史ある朝市で、能登輪島の朝市、飛騨高山の朝市と並ぶ日本三大朝市の1つとも称されているそうだ。 |
| 昭和15年(1940年)1月、久保田万太郎は温海に一泊した。 |
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昭和十五年一月、秋田よりの歸るさ、温海といへるとこ ろに一泊 海も雪にまみるゝ波をあぐるかな 雪ぞらのほのかに赤きところかな
『草の丈』 |
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昭和15年(1940年)10月18日、斎藤茂吉は温海温泉を訪れている。 |
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温海 夜をこめて朝市たてば男女(をとこをみな)ひとごゑぞする湯の里ここは 朝々に立つ市ありて紫ににほへる木通(あけび)の實さへつらなむ |
