昔の温泉〜静 岡
修善寺温泉「新井旅館」
西山温泉から国道52号に戻り、富士川に沿って南下。
県道10号を経て国道1号に入る。
沼津で国道414号に入る。
伊豆長岡で修善寺道路に入る。
修善寺道路から県道18号に入ると、修善寺温泉がある。
「新井旅館(HP)」へ。

「新井旅館」は明治5年創業、修善寺温泉で1、2を争う老舗旅館。
国の登録文化財の宿で、登録文化財ガイドがある。
「日本で唯一の文化財のお風呂」天平大浴堂(昭和9年築)が有名だが、まずは家族風呂へ。「新井旅館」は広い敷地の割には部屋数も少なく、家族風呂は空いている。
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家族風呂

琵琶湖風呂

比叡山から見下ろした琵琶湖をかたどったお風呂だそうだ。
芥川龍之介は大正14年4月13日から5月3日まで「新井旅館」に滞在した。4月22日付けの書簡に紹介されているので「芥川龍之介ゆかりの風呂」。
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芥川龍之介は家族で入ったわけではないらしい。
貸し切りにするには申し訳ないような広い家族風呂だ。
琵琶湖風呂を含めて家族風呂が3つある。家族風呂は掛け流しのようだ。
泉質はアルカリ性単純泉(低張性・アルカリ性・高温泉)。泉温61.2℃。
夕食後、天平大浴堂のお風呂に入る。

左の岩は中庭から続く一枚岩だそうだ。こちらは残念ながら、掛け流しというわけにはいかない。
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川端康成の「伊豆温泉記」に天平大浴堂が描かれているそうだ。
朝起きて、野天風呂へ。

庭園の中にある木洩れ日の湯は新井旅館自慢の野天風呂だそうだ。
次はあやめ風呂。

あやめの形をかたどった浴槽はサウナの湯気でカメラのレンズが曇ってしまい、写真は撮れなかった。
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明治32年(1899年)5月21日、高浜虚子は大腸カタル発病。同25日、神田駿河台山龍堂病院に入院。
明治32年(1899年)6月17日、修善寺温泉新井屋で療養。7月20日迄滞在。
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新井屋、菖蒲湯
菖蒲湯や彼の蘭湯に浴すとふ
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明治42年(1909年)7月、高浜虚子は「菖蒲湯」のことを書いている。
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七月。修善寺にあり。
新井屋に菖蒲、月、桂といふ三の温泉あり。此菖蒲湯といふは源
三位頼政の室、菖蒲の前の浴せしより起りたる名なりと聞きて戯
に。
頼政も鵺も昔の宿帳に
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湯ヶ島温泉へ。
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