明治9年8月20日、津山市田町津山町北郷家に生る。本名八郎。
23年3月、鶴山高等小学校卒業。直頼高に師事して、和歌の手ほどきを受く。
25年、上京初め大口鯛二ついで落合直文の門に入り短歌を学ぶ。この年尾上家に入る。
34年4月、東京帝国大学文科国文科卒業。
大正12年、文学博士となり、東京女高師・学習院教授を歴任。これより前23歳にして短歌結社「いかづち会」を起し、明星派全盛期に対抗して反明星の炬火を掲ぐ。ついで「車前草社」を創立。門下から若山牧水・前田夕暮等、幾多の俊秀歌人が輩出した。
大正3年、「水甕」を刊行、これを主宰した。
終戦後は毎年宮中詠進歌の選者を務めた。
一方、草仮名の名手として現代書道界の第一人者であり、昭和12年芸術院会員に推され日展書道部審査員となった。
叙景詩日記の端より、朝ぐもり・間歩集・ひとつの火・古今と新古今・平安朝時代の草仮名の研究等、歌集著書手本の類は枚挙に遑がない。
昭和30年4月1日尾上柴舟先生歌碑建設期成会 河井黄揚撰