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太平洋戦争中、満洲(現在の中国東北部)を開拓して我が国の食糧不足を補い、併せて満州の治安維持を図るという国の政策に添って、全国の満蒙開拓少年義勇軍が10代前半(14、5才)の少年によって編成され、上伊那からの参加者は800名にも及んだ。 茨城県内原訓練所での研修を終えてそれぞれの地に入植し満洲の開発を目指した少年達は、祖国のために尽くそうとする純粋な気持で不眠不休の努力を続け激動に堪えて来たのであるが、そのうち91名は不幸にして祖国の平和を願いながら異国の地で帰らぬ人となった。 また国策により学業を休み厳しい勤労に動員された学徒たちも含め、若くして散っていった上伊那郡下に於ける物故者の霊を慰め、永遠の平和を祈念するため、上伊那の市町村会を始め、上伊那教育会他各種団体の協力により、伊那谷の生んだ芸術家、瀬戸団治先生の大作「鍬を持ち彼方大陸より望郷の念にふける少年の像」を昭和36年4月、ここに建立した。
上伊那満猛開拓青少年義勇軍 並 動員学徒遺族会 |
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昭和51年(1976年)9月、東京都港区の桜田公園に「愛の像」制作。 平成3年(1991年)7月1日、瀬戸団治死去。享年85。 |
