2006年〜長 野〜
小布施〜一茶句碑めぐり〜

小布施駅前の栗の木の下に小林一茶の句碑があった。

小林一茶の句碑

拾れぬ栗の見事よ大きさよ
出典は『七番日記』(文化10年9月)。
小布施は幕府の直轄領で、厳選された栗が将軍に上納された。将軍に献上するまで栗を拾うことさえ許されなかったそうだ。
小布施
拾れぬ栗の見事よ大きさよ
草原や子にひろはする一つ栗
『七番日記』(文化10年9月)
文化10年(1813年)9月24日、一茶が六川を訪れた時に小布施で詠んだものであろう。
廿四 晴 六川ニ入
『七番日記』(文化10年9月)
句碑の脇に「一茶句碑めぐり」として22の句碑が紹介されていた。
小布施駅構内にも一茶の句碑があるというので、写真を撮らせてもらった。
小布施駅構内の句碑

いがごてら都へ出たり丹波栗
「いがごてら」は「いがごと」の意。
いがごてら都へ出たり丹波栗
『文政九・十年句帖写』(文政10年閏6月)
一茶65歳の時の句である。
文政10年(1839年)11月19日、一茶は持病の中風が昂じ、没す。
小布施町役場にも一茶の句碑があるというので、行ってみた。
小布施町役場の句碑

都でも引はとらぬや丹波栗
出典は『八番日記』(文政4年9月)の句である。
小布施栗の起源は丹波栗の苗木を植林したのが始まりと言われているそうだ。
須高農協小布施支所にも一茶の句碑があった。
須高農協小布施支所の句碑

草原や子にひろはする一つ栗
小布施駅前の句碑と同じ時の句である。
旅の途中だから、今日の碑巡りはこれでお仕舞い。
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