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男に忘られて侍ける頃、貴布禰にまい(ゐ)りて、 御手洗川に蛍の飛び侍けるを見てよめる |
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もの思へば沢のほたるもわが身よりあくがれ出づるたまかとぞ見る
『後拾遺和歌集』(第二十) |

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和泉式部が保昌に忘られて貴船に參りてよめる歌 物おもへばさはの螢もわが身よりあくがれにけるたまかとぞ見る 明神の御返し おく山にたぎりておつるたぎつ瀬にたまちるばかり物な思ひそ 是は御社の内にこゑのありて耳にきこえけるとぞ式部申しける。 |

| 昭和8年(1933年)7月2日、星野立子は貴船神社へ参詣する。 |
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貴船神社へ参詣する。奥の宮は少し寒い位だつた。父 の句にある思ひ川もこゝに来て見ると見逃しさうな位小 さなものだつたが、却つて深く印象づけられた。かゝつ てゐる朱の橋も好きだつた。全く静かで足音もピンピン 響くやうだ。 柏手の音の響きや鴨足草 賽銭をあげる間も見ゆ蝶々かな |
| 昭和35年(1960年)、高野素十は貴船を訪れている。 |
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貴 船 わが川床の下を団扇の流れゆく
昭和35年10月 芹 |
| 昭和44年(1969年)10月25日、富安風生は高山寺の句碑除幕式に参列、その後貴船に遊ぶ。 |
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貴船路 二句 名づけもて思川とは秋深し 貴船川床(ゆか)並め貴船菊亡びつつ
『米寿前』 |

