芭蕉の句碑

『奥の細道』北 陸


あすの月雨占なはんひなが嶽

杉津PAから北陸自動車道を下り、南条SAに車を停める。


南条SAに芭蕉の句碑の句碑があった。


あすの月雨占なはんひなが嶽

出典は「芭蕉翁月一夜十五句」(荊口句帖)。

 元禄2年(1689年)8月14日、芭蕉は敦賀で一夜に15句詠んだと伝えられている。

 昭和63年(1988年)3月、日本道路公団建立。福井の俳人伊藤柏翠揮毫。

芭蕉の句碑めぐり(南条サービスエリア下り線)

そのたびもやがて終りに近づいた越前の地福井から今庄に向かう途中、薄雲のかかったひなが嶽(当南条サービスエリアの北東4キロメートルに位置する標高759メートルの日野山をさす)をながめながら明日の十五夜の月見の雨を気づかって詠んだといわれている。

北陸自動車道南条サービスエリア下り線は、福井県南条郡南越前町(旧越前国南条郡)に位置する。

芭蕉が詠んだ「ひなが嶽」は南越前町と越前市にまたがる「日野山」を指し、当サービスエリアから北東方向に視認することができる。

日野山は養老2年(718年)泰澄により開山され古くから山岳信仰の霊山として信仰を集めている。また、福井平野からの詠めが秀麗であることから、俗に越前富士と呼ばれ、白山、越知山、文殊山、蔵王山とともに越前五山の一つに数えられている。


南条SA(上り)には「月に名を包みかねてやいもの神」の句碑がある。

『奥の細道』北 陸〜に戻る