この甘酒茶屋の付近は、江戸時代、赤穂浪士の一人神崎与五郎が吉良邸討ち入りに向かう途中、ここで馬子にいいがかりをつけられ、大事の前であったため、馬子に詫証文を書いたと忠臣蔵「甘酒茶屋」のくだりとして講談、戯曲で有名なところです。
しかし、この話は残っている証文から神崎与五郎でなく同じ浪士の一人大高源吾で、その場所は三島宿だったといわれています。
又、当時の諸大名は小田原城下入りをする際、この付近でひと休みし、小田原に下りました。
江戸時代には、この付近に茶屋があり、急坂な箱根路への休憩地点として賑わっていました。
神奈川県 |
旧東海道は続く。

安永元年(1772年)9月9日、加舎白雄は松坂から江戸に帰る途中で箱根を通っている。
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九月九日玉くしげ筥根を過る。
きくのけふ飯笥も匂ふ山路かな
加舎白雄「東海紀行」 |
「九月九日」は重陽の節句。「菊の節句」とも呼ばれる。「飯笥(いいけ)」は飯を盛る器。
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享和元年(1801年)2月29日、大田南畝は大坂銅座に赴任する旅で箱根を越えた。
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p角坂、かしの木坂、猿すべり、てうしの口など、さがしきにさがしきをかさねて、やゝ平かなる老が平といふ所にいたる。ここに四阿たてゝ、あま酒ひさぐものあり。
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箱根の句
はつ秋や誰先かけし筥根山
箱根
雲踏で聞日も遠しほとゝぎす
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| かつしか
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岩からむ杖や砧のはこね山
| 素丸
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六月の花や蚊ひとつ郭公
| 安袋
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