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大正13年(1924年)6月、松雲閣新築。 昭和2年(1927年)、「松雲閣」別館として建築。 |
| 古くは、後藤新平、斎藤實、高橋是清などの政治家、与謝野鉄幹・晶子夫妻、高浜虚子などの文人が利用した。 |
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昭和6年(1931年)6月7日、与謝野鉄幹(寛)・晶子夫婦は北海道旅行の帰途、松雲閣に投宿。 昭和8年(1933年)8月29日、高浜虚子は北海道からの帰りに松雲閣に泊まっている。 昭和15年(1940年)6月12日、北原白秋は松雲閣に泊まる。 |
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昭和36年(1961年)、昭和天皇行幸啓。 平成14年(2002年)12月、老朽化に伴い、閉館。 |

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直立に 南部赤松 遠郭公 |
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南部赤松は岩手県産のアカマツ。この周辺の山にも多く生えており、特性は長大で真っすぐに伸びる。遠郭公は遠くで聞こえる郭公の声。季語は郭公で夏。昭和51年来訪、敷地内やその周辺を巡り、この句を色紙に残した。 大野林火 明治37年(1904年)〜昭和57年(1982年) 神奈川生まれ。俳人。 臼田亜浪に師事し、「石楠」で活躍。のち「濱」創刊主宰。後進を育成しつつ、「俳句研究」「俳句」の編集にも従事し、俳壇に貢献した。 |

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まろき山 みどり深々と いくへかも こゝのいでゆの ながめすがしも |
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昭和2年(1927年)9月、盛岡での岩手仏教婦人会の大会に招かれ、その翌日来訪。 湯と山々に景色が大変気に入りこの歌を残した。 九條武子 明治20年(1887年)〜昭和3年(1928年) 京都生まれ。歌人。 西本願寺法主大谷光尊)の次女。九条良致に嫁いだが、長く独居生活を送る。短歌は佐佐木信綱に師事し、「心の花」で活躍。 |
