榎本其角

『蕉尾琴』(其角編)


 元禄11年(1698年)12月10日の火災で焼失した句稿を知友門人から得て編集したもの。

元禄14年(1701年)、自序。

貞享甲子の春二月中旬に貞享せしより日記といふもの有元禄戊寅の冬にいたる迄は一日怠らす袋にからけ箱につみ破れかはこにあまりしを同師走十日のあした池魚のわさはひに及て一塵なく失ひ侍り幸哉ひゆほんの火宅を悟り人をやふれりやとの悲しみにかなひて一朝一夕の悔なき事にたはむれぬ

   芭蕉庵の沙弥艸庵のかけ物
   なけれはとのそみ侍るに
   串柿に梅をかきて送るとて

せめてもの貧乏柿にんめの華
   其角

   矮屋に屈伸して妻奴の膝をくるし
   め津の国のこやとも侘たるに象潟の
   蜑のとま屋になして心ゆかしめよとや
   高園の桜ともをみかさに折て送
   給はりけるを有かたく詠侍りて

傀儡のつゝみうつなる花見哉
   其角

   御馬給はりてむかへられ侍る行程
   霞か関ををこえ侍りて

白雲や花に成行顔は嵯峨
   同

   山 家

鸛の巣に嵐の外のさくら哉
   翁

いにしへのならのみやこの牡丹持
   其角

うかれ女や異見に凋む夕牡丹
   其角

   筑前紅を送りける人に

しらぬ火の鏡にうつる牡たん哉
   同

水漬に泪こほすやかきつはた
   其角

汁鍋に笠のしつくやさなへ取
   其角

吐ぬ鵜のほむらにもゆる篝哉
   其角

香需散犬かねふつて雲のみね
   其角

物干を楓の橋やけふの月
   秋色

後の月指くひはたそ松か岡
   秋色

途行吟

山城へ井手の駕籠かるしくれ哉
   翁

   遊金閣寺

八畳の楠の板間をもるしくれ
   其角

   我も火宅を出にける哉

宮藁屋はてしなけれは矢倉売
   其角

人妻は大根はかりをふくと汁
   其角

日の本のふろ吹といへ比叡山
   其角

   其引 所の産を寄て

行水や何にとゝまる海苔の味
   其角

   こまかたに舟をよせて

此碑ては江を哀まぬ蛍哉
   其角

早稲酒や稲荷よひ出す姥かもと
   其角

   遊弘福寺

木犀や六尺四人唐めかず
   其角

   先年月見もよほしけるに

木母寺に歌の会ありけふの月
   其角

   舟中月といふを
  亡父
棹の間もふけ行よとの河ふねは
   東順

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