芭蕉の句碑東 京


花の雲鐘は上野か浅草か

浅草3丁目から再び浅草寺へ。


浅草寺五重塔


五重塔の脇の新奥山に三匠句碑がある。


ながむとて花にもいたし頸の骨
   宗因

花の雲鐘は上野か浅草か
   芭蕉

ゆく水やなににとどまる乃里(のり)の味
   其角

 西山宗因(1605−1682)は談林派の祖。『新古今和歌集』に西行の歌「ながむとて花にもいたく馴れぬればちるわかれこそかなしかりけれ」がある。芭蕉は宗因門下。

 芭蕉の句「花の雲鐘は上野か浅草か」は、貞亨4年(1687年)、芭蕉44歳の句。

 浅草寺の時の鐘は元禄5年(1692年)8月に改鋳された。芭蕉が聞いた鐘の音は改鋳前のものということになる。

榎本其角(1661−1707)は蕉門第一の高弟である。

行水や何にとゞまるのりの味


文化6年(1809年)3月、優婆塞菜窓菜英建立。

「優婆塞(うばそく)」は在家仏教信者。菜窓菜英は鈴木荘丹門下の俳人。

雷門通りへ。

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