俳 書

『芭蕉句選』

(春の部) ・ (秋之部)


秋之部

文月や六日も常の夜には似寿

あら海や佐渡に横たふ天の川

金澤の北枝といふものかりそめに見送りて此處まてしたひ來る今既に別れに望みて

もの書て扇引きさくなこりか奈

稲妻や闇の方ゆく五位の聲

いなつまにさとらぬ人のたうとさよ

あの雲は稲妻を待つたよりかな

本間主馬か宅に骸骨ともの笛鼓をかまへて能寿る所を畫きて舞臺の壁に掛けたりまことに生前のたはふれ奈とは此あそひにことならんやかの髑髏を枕として終に夢うつゝをわかたさるも只此生前を志めさるゝもの也

いな妻やかほの處がすゝきの穂

甲戌の夏大津に侍りしをこのかみのもとよりは消息せられけれは舊里にかへりて盆會をいとなむとて

   尼壽貞か身まかりけると聞きて

數奈らぬ身と奈おもひそ玉まつり

家はみな杖にしら髪の墓参り

むかし聞く秩父殿さへ相撲取

曾良は腹を病て伊勢の國長島といふ所にゆかりあれは先き立て行くに行き行きてたふれ伏寿とも萩の原と云ひ置きたり行ものゝかなしみ殘るものゝうらみ双鳧(そうふ)のわかれて雲尓まよふかことし予もまた

けふよりや書付消さん笠の露

   畫 讃

西行の艸鞋もかゝれまつの露

西上人の草の菴のあとは奥の院より右の方二町はかり分け入りかのとくとくの清水はむかしにかはらすと見江て今もとくとくとしつく落つる

露とくとくこゝみにうき世すゝかはや

   二見の浦にて

硯かとひらふやくほき石の露

   關越る日は雨降りて皆雲に隠れたり

霧しくれ富士を見ぬ日そおもしろき

朝顔に我はめしくふをとこかな

志ら露をこほさぬ萩のうねり哉

   加賀の小松にて

ぬれて行く人もをかしや雨の萩

小萩ちれますほの小貝小さかつき

浪の間や小貝にましる萩の塵

一つ家に遊女も寐たり萩と月

   小松といふ所にて

志ほらしき名や小松ふく萩寿ゝき

ひよろひよろと猶露けしやおみなへし

玉川の水におほれそ女郎花

はせを野分して盥に雨を聞く夜哉

艸いろいろおのおの花の手柄かな

鷄頭や雁の來る時尚赤し

   越後の國高田何かしにやとりて

藥園にいつれの花を艸まくら

青くても有るへき物を唐からし

   無名庵

草の戸を志れや穂蓼に唐からし

道のへの木槿は馬に喰れけり

   全昌寺庭中の柳ちれは

庭掃いて出るや寺に散る柳

盆過て宵闇くらし蟲能聲

太田の神社に詣て實盛か甲錦の切れあり樋口の二郎か使せしをまのあたり縁起にみえたり

むさんやな甲の下のきりきり寿

簑虫の音を聞きに來よ草の庵

海士の屋は小海老にましるいとゝかな

蜻蛉や取付きかねし艸のうへ

老の名のありともしらて四十雀

ひいと啼く尻聲寒し夜の鹿

早稲の香や分入る右は有磯海

刈跡や早稲かたかたの鴫の聲

粟稗にまつしくも奈し草の菴

蕎麥はまた花てもてな寿山路哉

   堅田にて

病む雁の夜寒に落ちて旅寐かな

名月の花かとはかり綿畠

名月に麓の霧や田のくもり

名月や門へさし來る汐かしら

名月や池をめくりてよも寿から

   敦賀にて

名月や北國日和さためなき

名月や座尓うつくしき顔もなし

三井寺の門たゝかはやけふの月

雲をりをり人を休める月見かな

寺に寐て誠顔なる月見哉

月見せよ玉江の芦を苅ぬへき

   うち出の濱にて

十六夜や海老煮るほとの宵の闇

いさよひもまた更科の郡か奈

安寿安寿と出ていさよふ月の雲

木曾の痩もまた直らぬに後の月

何事の見たてにも似寿三日の月

   常陸へまかりける舩中にて

明ほのや廿七夜も三日の月

深川の寿ゑ五本松といふ所に舟をさして

川上とこの川しもや月の友

淺水のはしをわたる時俗あさうつといふ清少納言の橋はと有り一條あさむつのと書ける所なり

あさむつや月見の旅の明はなれ

山寒志心の底や水の月

俤や姨ひとり泣く月の友

鎖明て月さし入よ浮御堂

   塲 尾

月に名をつゝみかねてやいもの神

   氣比の明神に夜參寿

月清し遊行のもてる砂の上

柴の戸の月やそのまゝあみた坊

   悼遠流の天宥法印

その玉を羽黒にかへせ法の月

   燧 山

義仲の寐覺の山か月かなし

月代や膝に手をおく雪の宿

入る月のあとは机の四隅かな

月のみか雨に相撲もなかりけり

戸をひらけは西に山あり伊吹山といふ花にもよら寿雪にもよら寿只是孤山の懐ひあり

其まゝに月もたのまし伊吹山

   善光寺

月影や四門四宗も唯ひとつ

廿余りの月か寿かに見えて山の根きはいとくらきに馬上に鞭をたれて數里いまた鷄鳴奈ら寿杜牧か早行の殘夢小夜の中山に到りてたちまち驚く

馬に寐て殘夢月遠し茶の烟

   くらがり峠にて

菊の香にくらかり登る節句か奈

艸の戸や日暮てくれし菊の酒

   木因亭

隱れ家や月と菊とに田三反

   園女

志ら菊の目に立ちて見る塵もなし

菊の花咲くや石屋の石の間(あひ)

菊尓出て奈良と難波は薄月夜

菊の香や奈良はいく代の男ふり

きくの香や奈らには古き佛達

   山中温泉に浴寿

山中や菊は手折らぬ湯の匂ひ

棧や命をからむ蔦かつら

野の宮の鳥井に蔦もなかりけり

松茸やしらぬ木の葉のへはり付く

   恕水別墅

籠り居て木の實草の實拾はゝや

榎の實ちるむくの羽音の初嵐

   不 破

秋風や薮もはたけも不破の關

   加賀山中桃夭に名をつけて

桃の木能其葉ちら寿な秋の風

冨士川の邊を行くに三つ計なる捨子の哀れけに泣あり袂より喰物を奈けてとふるに

猿をきく人捨子に秋の風いかに

あかあかと日はつれ奈くも秋の風

石山の石より白し秋の風

身尓しみて大根辛し秋の風

   加州一笑墓に詣つ

塚もうこけ我泣く聲は秋の風

西東あはれも同志秋のかせ

伊勢の守武か云ひける義朝に似たる秋風とはいつれの所か似たりけん我もまた

義朝のこゝろに似たり秋の風

貞亨甲子秋八月江上の破屋を出るほと風の聲そヾろ寒けなり

野さらしを心尓風のしむ身かな

吹とは寿石は淺間の野わけかな

朝寒も誰松しまの片こゝろ

むさしのを出し時は野ざらしを心におもひて旅立けれは

死もせぬ旅寐の果よ秋の暮

此道や行人なしに秋の暮

人聲や此道かへる秋のくれ

枯枝にから寿のとまりけり秋のくれ

こちらむけ我も淋しきあきの暮

人の短をいふことなかれ己が長をとく事なかれ

物いへは唇寒志秋の風

   くれのさひしさ感に堪えたり

さひしさや須磨にかちたる浦の秋

おくられつ送りつ果は木曾の秋

秋十とせかへつて江戸をさす古郷

此秋は何にとしよる雲に鳥

   大阪芝柏興行

秋ふかき隣は何を寿る人そ

   女木澤桐實興行

秋に隠れて行はや末は小松川

長月のはしめ古郷に歸りて母のしら髪おかめよと浦島が子か玉手筥なんちか眉もやゝ老たりと志はらく泣きて

手にとらは消えん涙ぞあつき秋の霜

   ある艸庵にいさなはれて

秋涼し手毎にむけや瓜茄子

   大阪清水茶店四郎右衛門にて

松風の軒をめくりて秋くれぬ

行秋や手をひろけたる栗のいか

西行谷のふもとに流れあり女ともの芋あらふを見るに

芋あらふ女西行ならは歌よまん

外宮に詣て侍りけるに峯の松風身にしむはかりふかき心を起して

晦日月なし千とせの杉を抱く嵐

たふとさに皆おしあひぬ御遷宮

追加

かゝり火にかしかや浪の下むせひ

蛤のふた見にわかれ行秋そ

かくさぬそ宿は菜汁尓とうからし

冬之部

はつ時雨猿も小簑をほしけなり

けふはかり人もとしよれ初しくれ

旅人と我名よはれんはつ時雨

馬方はしらじ時雨の大井川

一尾根はしくるゝ雲か富士の雪

時雨るゝや田のあらかふの黒む程

元禄三年の冬粟津の草菴より武江尓赴くとて島田の驛塚本か家に到りて

宿かして名をなのら寿る時雨哉

艸枕犬もしくるゝか夜の聲

冬こもり又よりそはん此はしら

   志はらく隠れ居ける人に申し遣寿

先祝へ梅をこゝろの冬こもり

   三州菅沼亭

京に倦て此木からしや冬住居

木枯しに匂ひや付きしかへり花

こからしに岩吹きとかる板間哉

留守の間に荒れたる神の落葉哉

   たゝの權現にて

宮人よ我か名をちらせ落葉川

   明照寺にて

百年の氣色を庭の落葉かな

   おなしく

たうとかる泪や染めて散る紅葉

三尺の山も嵐の木の葉か奈

葛の葉のおもてみせけりけさの霜

有かたやいたゝいてふむはしの霜

貧山の釜霜に啼く聲寒し

水仙や白き障子のともうつり

寒菊や粉糠のかゝる臼の端

   信濃路を過るに

雪ちるや穗屋の薄の刈殘し

ともかくもならてや雪の枯尾花

   桑名本當寺にて

冬牡丹千鳥よ雪のほとゝきす

志のふさへかれて餅かふやとりかな

鞍つほに小坊主乘るや大根引

旅に病むて夢は枯野を駈け廻る

馬ほくほく我を繪に見るかれ野かな

いかめしき音やあられの檜木笠

初雪や掛けかゝりたる橋の上

はつ雪や聖小憎の笈の色

初雪や幸ひ菴に罷り在り

京迄はまた半空や雪の雲

箱根越寿人もあるらし今朝の雪

いさゝらは雪見にころふ所まて

市人にいて是うらん雪の笠

   友人

君火たけ好き物見せん雪丸け

日比にくきから寿も雪の朝かな

ためつけて雪見にまかる紙子哉

たはみては雪待つ竹のけしきかな

馬をさへなかむる雪のあした哉

比良三上雪さしわたせ鷺の橋

鷹ひとつ見付けてうれしいらこ崎

   二月堂に籠りて

水鳥や氷の僧の沓のをと

海くれて鴨の聲ほのかに白し

闇の夜や巣をまとはして鳴く千鳥

星崎の闇を見よとや鳴くちとり

葱白くあらひ立たる寒さかな

   鳳來寺にて

夜着ひとついのり出したる寒さかな

   旅 宿

松葉を焚て手拭あぶる寒かな

   越人と吉田の驛にて

寒けれと二人旅寐そたのもしき

   貞徳翁の姿を讃して

おさな名やしらぬ翁の丸頭巾

御影講や油のような酒五升

   霜月深川の舊草にかへりて

都出て神も旅寐の日數か奈

面白し雪にやならん冬の雨

月花の愚尓針たてん寒の入

長嘯の塚もめくるか鉢たゝき

何をこの師走の市に行から寿

   乙州か新宅にて

人に家をかわせて我はとし忘れ

   みつから雨の侘笠をはりて

世の中はさらに宗祇のやとりかな

麥はへてよき隠家や畠むら

   熱田御造營

とき直寿鏡も清し雪能花

こゝに艸鞋をときかしこに杖を旅寐なからに年も暮れけれ

年暮ぬ笠着て草鞋はきなから

ふるさとや臍能緒に泣くとしのくれ

魚鳥のこゝろは知ら寿としのくれ

蛤のいける甲斐あれとしの暮

追加

打よりて花入さくれ梅つはき

によきによきと帆柱寒き入江かな

   三州ほひといふ所にて

梅椿早咲つほむ保美の里

雜之部

   三聖人の圖

月花の是やまことのあるし達

かち奈らは杖つき阪を落馬哉

あさよさを誰まつしまの片心

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