俳 書

俳諧別座敷』(子珊編)


元禄7年(1694年)。自序。

子珊は江戸の人。元禄12年(1699年)、没。

 元禄7年(1694年)5月、深川の子珊亭で巻かれた芭蕉送別五吟歌仙の発句「紫陽花や藪を小庭の別座敷」による。

紫陽花や藪を小庭の別座敷
   芭蕉

 よき雨あひに作る茶俵
   子珊

(ついたち)に鯛の子売の声聞て
   杉風

 出駕籠の相手誘ふ起々
   桃隣



   贈桃隣新宅自画自讃

寒からぬ露や牡丹の花の蜜
   芭蕉

田植迄水茶屋するか角田川
   其角

竹の子や児の齦<ハグキ>のうつくしき
   嵐雪

鹿の子のあどなひ(い)顔や山畠
   桃隣

   郭 公

挑灯(てうちん)の空に詮なし時鳥
   杉風
  深川
明方や水買に出て時鳥
   滄波

   橘

駿河路や花橘も茶の匂ひ
   芭蕉

寒キ程案じぬ夏の別れ哉
   野坡

野はずれや扇かざして立どまる
   利牛

一頻日は蔭<カゲレ>かし夏の坂
   岱水

   箱根迄送りて

ふつと出て関より帰五月雨
   曾良



夜半鐘声まぢかく、蚊屋と紙のとばりにさうじを隔て、窓間に臥り。日たけて起侍るに、かゆは煮すぐしたれば、杉のはしかたかたづゝにてすゝりぬ。「今年猶、後のさつきを郭公知ておこたる夜比にや初音聞侍ず」とかこちて、此比の愚詠を、

   むら雨やかゝる蓬のまろねにも

    たへて待るゝほとゝぎすかな

と吟じつれば、折のよきにや、めでくつがへりて、「ぬしも今宵句をさぐり得たり」と

   木隠れて茶つみも聞や時鳥

これなん佳境に遊びて、奇正の間をあゆめる作とはしられにけり。予も

   青雲や舟ながしやるほとゝぎす

「かうも在べきや」など、俳諧にくらす日も在けり。又、

   卯の花やくらき柳の及ごし

の佳句は、「柳暗花明なり」といへる『碧巖』に似かよひ侍を、「夏の小雨をいそぐ沢蟹」と、卒爾に脇をさへづる折も有つゝ、いつか十日もとまり侍けるにも今かう旅と旅とに袖を離れ、遠岸蒼々たる川のほとりにひとりたてり。

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