2019年福 岡

森鴎外旧居〜森鴎外像〜
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北九州市小倉北区鍛冶町に「史跡 森鴎外旧居」がある。


市指定文化財

史跡 森鴎外旧居

 この建物は、明治32年(1899年)6月、作家森鴎外が小倉の旧陸軍第12師団の軍医部長として東京から赴任した折、借りて住んだ家です。2年10か月後に帰京するまでのはじめの約1年半を、築後間もないこの家で過ごしました。

 赴任当時、離婚し独身であった37歳の鴎外は、お手伝いさんを雇っています。部屋数は6つ、鴎外は主に八畳の座敷と南側に続く四畳半の小座敷を使っていました。玄関や土間、庭などは大幅に改造され、馬小屋もなくなっていますが、母屋の全体はほぼ当時のままで、前庭の百日紅や夾竹桃も以前からあったものです。

 鴎外は公務のかたわら、この家で『即興詩人』や『戦論』の翻訳、『我をして九州の富人足らしめば』や『鴎外漁史とは誰ぞ』などの執筆をしました。また、歴史や風土の研究、読書などに励んでいたようです。当時の様子は、この時代に書いた『小倉日記』や後に書いた小説『鶏』などの作品からもうかがうことができます。

 鴎外は後年、『高瀬舟』や『渋江抽斎』などの歴史小説、史伝に転じますが、ここで過ごした時期は「沈潜と蓄積の時代」でした。

 なお、鴎外は明治33年(1900年)12月、京町に転居(現JR小倉駅前。京町旧居碑があります。)、翌年11月には八幡製鐵所の開所式にも出席しています。また、明治35年(1902年)1月、佐賀県出身の元判事の長女荒木しげと再婚しました。

 北九州市は、貴重な文化遺産であるこの森鴎外旧居を昭和49年(1974年)3月、史跡として文化財に指定し、昭和56年(1981年)3月には、買収、整備して一般に公開、現在に至っています。

北九州市教育委員会

八畳の座敷


沙羅の木


褐色(かちいろ)の根府川石に
白き花はたと落ちたり
ありとしも青葉がくれに
見えざりしさらの木の花

森鴎外像


中村晋也 作
1982

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