森鴎外ゆかりの地
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森鴎外京町住居跡碑

山陽本線「下関駅」から「小倉駅」へ。


小倉駅南口ロータリーの西側に「森鴎外京町住居跡碑」があった。


 第12師団軍医部長として赴任した森鴎外先生は、明治32年6月から同35年3月まで小倉に居住した。

 その前半は鍛冶町の家にあり、後半、33年の暮れから第1師団に転任して東京へ去るまで、京町5丁目154番地に住んだ。しかし京町の旧居は小倉駅の移転にともない、駅前広場の一部となってしまった。

 今は無いが、茂子夫人と新婚生活をおくり「即興詩人」の名訳を完成し、のちに、明治の小倉の風物を活写した小説「独身」の舞台となるなど、鴎外文学にとって記念すべき京町の家は、この碑の南25メートルの場所にあった。

劉寒吉撰文。

この碑は、昭和52年(1977年)に「森鴎外遺跡保存顕彰会」によって国鉄小倉駅前ロータリー広場に設置されました。その後、数回移転されましたが、平成28年(2016年)駅前広場整備に伴い、碑はここを京町5丁目154番地の旧居跡に移されました。

碑文内の「南25メートルの場所」は、この場所です。

以前の駅前広場ロータリー


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