旅のあれこれ


徳川慶喜ゆかりの地

 天保8年(1837年)9月29日、水戸徳川藩主斉昭(なりあき)の七男として小石川の上屋敷に生まれる。幼名は七郎麻呂。

 弘化4年(1847年)9月1日、一橋徳川家を相続。

 文久4年(1864年)、渋沢栄一は一橋家家臣平岡円四郎の推挙により一橋慶喜に仕える。

 慶応2年(1866年)8月20日、徳川宗家を相続。

 慶応2年(1866年)12月5日、第十五代征夷大将軍となる。

 慶応3年(1867年)10月14日、大政奉還。

 慶応3年(1867年)12月9日、征夷大将軍職辞職。

 慶応4年(1868年)正月3日、鳥羽伏見の戦い

 慶応4年(1868年)2月12日、寛永寺大慈院にて謹慎。

 明治30年(1897年)11月、巣鴨屋敷に移り住む。

 明治31年(1898年)3月、皇居に参内。

 明治34年(1901年)12月24日、小日向第六天町(現:文京区春日)に移転。

 明治35年(1902年)、公爵を授けられる。

 大正2年(1913年)11月22日、77歳で没。墓所は谷中霊園

 昭和43年(1968年)11月、明治百年祭に徳川慶喜公事蹟顕彰碑建立。

徳川斉昭公・七郎麻呂(慶喜公)像

千波湖(茨城県水戸市)

寛永寺

(東京都台東区)

徳川慶喜墓

谷中霊園(東京都台東区)

徳川慶喜巣鴨屋敷跡地

(東京都豊島区)

徳川慶喜公屋敷跡

国際仏教学大学院大学(東京都文京区)

一橋徳川家屋敷跡

(東京都千代田区)

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