2022年静 岡

浮月楼〜徳川慶喜公屋敷跡〜
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静岡市葵区紺屋町に浮月楼(HP)がある。


浮月楼由緒

元この地は、徳川幕府の代官屋敷であった。明治元年8月前将軍徳川慶喜公は、謹慎の御身を水戸からここ駿府に移され、常磐町の宝台院に暫く閑居の後、翌2年10月この地に手を入れて遷居された。庭園は平安神宮を手がけた小川治兵衛の作庭による池泉回遊式として有数のものである。慶喜公はここに20年の間住まわれ、自転車、写真撮影、油絵、狩猟などと多彩な趣味を楽しまれたようだ。明治20年になると、東海道線がこの近くを通ることになり、その喧騒を避けて同21年6月、市内西草深の新邸に転居された。その後この地は戸籍役場の共有となったが、名蹟保存を条件に市内有力者有志により庭も建物もそのままに料亭「浮月亭」として開業、伊藤博文公など元勲方の御寵愛を辱うした。残念乍ら昭和15年の静岡大火等で建物は全焼したが、庭園の佇いはほぼ元通りに復旧され、「浮月楼」として100年余の歴史を持つ。春はさくら、夏は青葉、秋の紅葉など、街の只中で野鳥の声を聞き乍ら懐石料理を楽しめる。又、懐石料理での御披露宴にも利用でき、好評を頂いている。県都静岡市の社交場として益々御愛顧下されたくお願い申し上げます。

徳川慶喜公屋敷跡


庭園見学のみの方はご遠慮下さいませ。浮月楼、レストランなどをご利用の上拝観してくださいますようお願い申し上げます。
浮月楼

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