旅のあれこれ文 学


土井晩翠ゆかりの地

 男性的な漢詩調の詩風で、女性的な詩風の島崎藤村と並んで「藤晩時代」と称された。

 明治4年(1871年)、仙台市北鍛冶町の質商土井七郎兵衛の長男として生まれる。本名は林吉。

 明治11年(1878年)、培根小学校(今の木町小学校)に入る。のち立町小学校に転校、仙台英語学校、旧制第二高等学校。

 明治27年(1894年)、東京帝国大学英文科に入学。

 明治30年(1897年)、東京帝国大学英文科を卒業。

 明治31年(1898年)、「荒城の月」を詩作発表。

 明治32年(1899年)4月、第一詩集「天地有情」を刊行。

 明治32年(1899年)12月、大学の後輩の妹林八枝と結婚。

 明治33年(1900年)、母校二高の教授として帰仙。

 明治34年(1901年)6月、二高を辞してヨーロッパに旅立つ。

 昭和20年(1945年)7月10日、仙台空襲で住居と蔵書を焼失。

 昭和21年(1946年)6月5日、会津若松城で荒城の月碑除幕式。

 昭和22年(1947年)、日本芸術院会員。

 昭和24年(1949年)、仙台市名誉市民。晩翠草堂を建設。

 昭和25年(1950年)、詩人として初めて文化勲章が贈られる。

 昭和27年(1952年)8月、仙台城本丸跡に「荒城の月」詩碑建立。

 昭和27年(1952年)10月19日、仙台市本荒町の晩翠草堂で81年の生涯を閉じる。

青森県立商業学校跡地の碑

青森市民体育館(青森県青森市)

土井晩翠の歌碑

観音寺(宮城県気仙沼市)

晩翠草堂

(宮城県仙台市)

花 塚

瑞鳳寺(宮城県仙台市)

青葉城址

(宮城県仙台市)

土井晩翠の歌碑

霞ヶ城(福島県二本松市)

荒城の月碑

会津若松城(福島県会津若松市)

土井晩翠の歌碑

久伊豆神社(埼玉県越谷市)

「荒城の月」

マンション堺捨(富山県富山市)

校歌に寄せて

小郡中学校(山口県山口市)

岡城跡

(大分県竹田市)

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