2022年山 口

久保白船〜徳山動物園〜
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周南市大字徳山に徳山動物園がある。

徳山動物園の前庭に久保白船の句碑があった。


踞ればふきのたう

徳山動物園前に「踞(うづくま)ればふきのたう」白船と彫ってある自然石の碑があります。白船は、本名を周一といい、明治17年(1884年)山口県熊毛郡平生町佐合島に生まれました。

山口中学在学中から俳句を作りはじめ、のちに萩原井泉水の新傾向俳句誌「層雲」の仲間として活躍されました。

大正5年子女の教育のため徳山に移住し、佐渡町(現本町)に文房具と書籍の店を開業、そのかたわら、「雑草の会」を主宰しました。白船は昭和16年58歳で死亡されましたが、遺された書きものに「ふきのたう」があります。

岐山地区コミュニティ推進協議会

昭和8年(1933年)9月12日、種田山頭火は久保白船を訪れた。


末田海岸の濤声、こゝにも追懐がある。
荷馬車にひつかゝつて、法衣の袖がさんざんにやぶれた。
彼岸花が咲いてゐる、旅の破法衣と調和するだらう。
富海から戸田まで汽車、十時から一時まで福川行乞、行乞がいやになつて、そこからまた汽車で徳山へ、二時にはもう白船居におさまることが出来た。
酒はうまい、友はなつかしい。
暮れて徳山へついた。

『行乞記 広島・尾道』

種田山頭火句碑


   新しい
法衣いつはいの陽か
   あたゝかい

平成3年(1991年)3月、徳山文化協会創立25周年記念に建立。

昭和14年(1939年)3月31日、種田山頭火は久保白船居を訪れた。

夕方になつてやうやく出立、藤井さんに駅まで送つて貰つて。――

春三君の芳志万謝、S屋で一献!

白船居訪問、とめられるのを辞して、待合室で夜明の汽車を待つて広島へ。

   春の夜の明日は知らない
   かたすみで寝る

句はまづいが真情也。

『旅日記』 昭和十四年

児玉公園

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