2018年〜山 口
大照院〜芭蕉の句碑〜

萩市椿の県道64号萩三隅線沿いに大照院という寺がある。
拝観料は200円。
裏から見た鐘楼門

明暦2年(1656年)、萩藩初代藩主毛利秀就の菩提寺として建立。
毛利秀就は毛利輝元の長男。
大照院本堂

臨済宗南禅寺派の寺である。
庫裏の前に芭蕉の句碑があった。

月早し梢はあめを持ながら
出典は『鹿島紀行』。
貞亨4年(1687年)8月15日、芭蕉は根本寺の佛頂和尚を訪れた。
仙石蘆元坊の「住倦た世とはうそなり月よ花」、東花坊の「すゝしいに我にもたせよ馬の綱」、田中五竹坊の「四五本の竹におくあり朧月」の3句を刻んだ碑があったようだが、分からなかった。
致一坊の句碑

臘八や世は一へんに雪の花
致一坊は聴松庵二世。
天明8年(1788年)11月14日、歿。享年不詳。
聴松庵初世箇枕、三世安藤亜声坊、六世熊谷蘿月の句碑もあったようだが、分からなかった。
夕庵悟葉の句碑

ぬるみ江や一日遊ふ雲の影
山晴の句碑

人声の聞へてさひし秋の山
文久3年(1863年)4月、建立。
萩藩主毛利家大照院墓所

国指定の史跡である。
大照院書院

国指定重要文化財(建築物)
書院は、本堂と庫裏をつなぐ西後方に位置し、南側に3室、北側に3室を並べた主棟と、西突出部の座敷および茶室など4室2列を並べた北突出部からなっている。
主棟は桁行11.8m、梁間9.8mで、屋根は主棟東側と北突出部北側が入母屋造、主棟と西落棟の西側は寄棟造、桟瓦葺である。西側突出部は桁行7.9m、梁間5.9m、北突出部は桁行13.5m、梁間7.0mである。
主棟東側の入一間は畳廊下で、北は庫裏の広縁、南は本堂への渡廊下が接続し、主棟南側と西突出部にかけて3室が並んでいる。
建築年代は、18世紀後半と思われるが、簡素ななかに品格のある造作がみられる傑作である。
2018年〜山 口に戻る
