2012年山 形

上町観音堂〜素英の逆修墓〜
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尾花沢市上町の旧羽州街道沿いに観音堂がある。


上町観音堂の境内に素英の逆修墓があった。


 素英は村川伊左衛門。七郎兵衛ともいう。楯岡の商家村川九郎兵衛自給休の子で、大淀三千風の甥。

 元禄2年(1689年)5月17日(陽暦7月3日)、芭蕉は尾花沢の鈴木清風を訪ねた。21日、素英は芭蕉と曽良を自宅に招き、「ナラ茶」を振舞っている。

十九日 朝晴ル。素英、ナラ茶賞ス。夕方小雨ス。

『曽良随行日記』

清風は芭蕉を招いて歌仙を巻く。

すずしさを我がやどにしてねまる也
   芭蕉

   つねのかやりに草の葉を燒
   清風

鹿子立つをのへの清水田にかけて
   曾良

   ゆふづきまるし二の丸の跡
   素英

晩年、素英は楯岡に身を移す。

素英は上町観音堂の境内に生前墓を築いた。

元文元年(1736年)9月10日、70余歳で没。

素英の句

冬枯れや只おば棄の夜の榾


象潟や霜にあげ居る鷺の足


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