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昭和13年(1938年)6日夜、与謝野晶子は大島に向かい、船中泊。式根島に2泊して、9日、大島に立ち寄り、港屋に泊まった。 |
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夜の船の乾魚(ほしうを)の荷の片蔭にあれどいみじき月さしてきぬ 松淡く港の山のいただきに竝ぶ月夜の船の笛かな(以上波浮にて)
『白桜集』(島島を行く) |
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昭和37年(1962年)1月、水原秋桜子は伊豆大島に遊ぶ。 |
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港屋にて 寒雷の沖よりおそふ俄雨
『晩華』 |
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大正7年(1918年)11月2日、川端康成は旧天城トンネルを越える途中で旅芸人の一座と道連れになる。 |
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この旅芸人の一座が加藤文太夫一行。当時、加藤文太夫一家は伊豆大島波浮港村に住んでいた。 |


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大正15年(1926年)、川端康成は「文芸時代」に『伊豆の踊子』を発表。 |






