下 町〜台東区

お化け燈籠〜小林一茶〜
上野東照宮参道の手前にお化け燈籠がある。
お化け燈籠

佐久間大膳亮勝之(だいぜんのすけ)が東照宮に寄進した石造の燈籠で、
奉寄進佐久間大膳亮勝平朝臣勝之
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東照大権現御宝前石燈籠
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寛永八年辛未孟冬十七日
と刻字し、寄進者・寄進年月を知ることができる。寛永8年(1631年)当時、東照宮は創建して間もなく、社頭には、現存の大島居・銅燈籠・石燈籠などは、まだごくわずかしか奉納されていなかった。勝之は他に先駆けて、この燈籠を寄進したのである。
勝之は、織田信長の武将佐久間盛次の四男。母は猛将柴田勝家の姉という。信長・北条氏政・豊臣秀吉、のち徳川家康に仕え、信濃国川中島ほかで一万八千石を領した。
燈籠の大きさは、高さ6.06メートル、笠石の周囲3.63メートルと巨大で、その大きさゆえに「お化け燈籠」と呼ぶ。同じ勝之の寄進した京都南禅寺・名古屋熱田神宮の大燈籠とともに、日本三大燈籠に数えられる。
台東区教育委員会
上野東照宮は寛永4年(1627年)の建立。
陰暦10月の異名。「孟」は、はじめの意。
文化4年(1809年)3月7日、小林一茶は春里、雨十と浅草を始め、江戸市中の寺社巡りをして、「大石灯籠」のことを書いている。
七日 晴 春里、雨十と浅草巡。白金町、白幡イナリ、筋違相生橋、スルガ台太田姫、神田[明]神、湯島、上野大石灯籠、寛永八年十月十七日佐久間大膳亮勝之トアリ。大良(郎)イナリ、七軒寺町東陽寺[手]向野アリ。
『文化句帖』(文化4年3月)
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