下 町北 区
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晩香廬〜「曖依村荘」跡〜

渋沢資料館から晩香廬へ。


大正6年(1917年)、「晩香廬」竣工。

 国指定重要文化財

晩香廬

 近代日本の大実業家のひとり渋沢栄一の喜寿を祝い、合資会社清水組(現・清水建設株式会社)の清水満之助が永年の厚誼に謝して贈った小亭である。

 建物は応接部分と厨房、化粧室部分をエントランスで繋いだ構成で、構造材には栗の木が用いられている。外壁は隅部に茶褐色のタイルがコーナー・ストーン状に張られ、壁は淡いクリーム色の西京壁で落ち着いた淡い表現となっている。応接室の空間は勾配の付いた舟底状の天井、腰羽目の萩茎の立簾、暖炉左右の淡貝を使った小窓など、建築家田辺淳吉のきめこまかな意匠の冴えを見ることができる。なお、晩香廬の名は、バンガローの音に当てはめ、渋沢自身の詩「菊花晩節香」から採ったといわれる。

財団法人渋沢栄一記念財団

応接部分


 昭和11年(1936年)8月2日、高浜虚子は武蔵野探勝会で晩香廬を訪れている。

 この庭の一隅に又風雅な洋館がある。晩香廬と称す。榜して曰く、

   晩 香 廬

大正五年青淵先生喜齢ニ達セラル清水満之助氏之ヲ賀シ先生ノ許諾ヲ得テ伊太利ベンガロー式ヲ模シテ呈セラレタリ、初メ先生此地ニ多ク菊花ヲ植ヱテ任地園裏秋客淡只有黄花晩節香ノ句アリ、是レ此亭ニ晩香廬ノ名アル所以ナリ

『武蔵野探勝』(暖依村荘)

晩香廬外観


渋沢栄一の立像


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