正岡子規の句碑
巡礼の夢を冷やすや松の露
茸狩や浅き山々女連れ
表 面
巡礼の夢を冷やすや松の露
裏 面
茸狩や浅き山々女連れ
正岡子規句碑副石
小野を詠める子規の二句を両面の句碑とす
巡礼の夢を冷やすや松の露
茸狩や浅き山々女連れ
前句は白猪の滝見物の途次平井城址の巨松兜松を詠み後句は平井駅に松茸市の立ち臨時列車の繰出した松茸狩を詠んだ句である
今この句碑をふるさと人によって建て小野の風土のほまれを永久に伝えんとす
昭和五十四年孟夏
巡礼の句。明治24年8月19日折から帰省中の子規は、太田正躬、竹村鍛(きとう)の3人で温泉郡川内町(現東温市)の唐岬(からかい)、白猪(しらい)の二滝の見物に出かけた。途上畑の老松(兜松)の下で憩いこの句を得た。森孤鶴(後の盲天外)の俳誌「はせを影」第2号に子規の紀行文「山路の秋」と題して載せられている。
『寒山落木 巻一』(明治二十四年 秋)に「畑中村老松」と題して「順禮の」とある。
茸狩(たけがり)の句。子規『俳句稿』秋草の部にある句で、はじめ明治33年11月30日の新聞「日本」に掲載された。この辺りは当時松茸市で賑った。寝たきりだった子規望郷の気持が偲ばれる。表裏2句1基。昭和54年4月13日建立。村上壺天子書。
『俳句稿』(明治三十三年 秋)に「蕈狩や」とある。
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