2019年滋 賀

逢坂山關址〜碑巡り〜
indexにもどる

蝉丸神社から大津に向かって歩く。

国道1号沿いに「逢坂山關址」の碑がある。


逢坂の関

 逢坂の関の初出は、平安京遷都の翌年延暦14年(795年)に逢坂の関の前身が廃止されたという『日本紀略』の記述です。

 その後、逢坂の関は京の都を守る重要な関所である三関(鈴鹿関・不破関・逢坂関)のひとつとして、弘仁元年(810年)以降、重要な役割を果たしていましたが、平安後期からは、徐々に形骸化されその形を失ってきました。逢坂の関の位置については、現在の関蝉丸神社(上社)から関寺(現在の長安寺のある辺り)の周辺にあったともいわれますが、いまだにその位置は明らかになっていません。

平成21年(2009年)、「逢坂の関記念公園」完成。

「逢坂の関記念公園」に3基の歌碑があった。

蝉丸の歌碑


是れやこの 行くもかへるも 別れては

   知るもしらぬも 逢坂の関

小倉百人一首第10番

三條右大臣の歌碑


名にしおはば 逢坂山の さねかづら

   人に知られで くるよしもがな

小倉百人一首第25番

三条右大臣は藤原定方。

清少納言の歌碑


夜をこめて 鳥の空音は はかるとも

   世に逢坂の 関はゆるさじ

小倉百人一首第62番

『後拾遺集』収録の歌である。

2019年滋 賀〜に戻る