2008年埼 玉

ふるさとの散歩道〜荒川パノラマ公園〜
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荒川堤防を歩き、荒川パノラマ公園へ。


玉芝の句碑があった。


養ひの月日かぞへて菊見かな

 前書きに「龍光精舎に遊びて」とあるそうで、隣村大芦の龍光寺で詠まれたことが分かる。

寛政5年(1793年)12月、玉芝生まれる。

榎戸村の眼医者横田邦厖(文玉)の息子。

文玉の句碑は榎戸堰公園にある。

玉芝は熊谷に草原庵を構えた小蓑庵二世碓嶺を訪れている。

一茶の句碑もあった。


辛菜も淋しき花の咲きにけり

中山道荒川土手は芥子の花と辛菜の花の名所であったらしい。

文化6年(1809年)2月10日、一茶は田川にいた。

   九[日] 晴 田川ニ入 御普請奉行大島源左衛門泊

   十[日] 雨

辛菜も淋しき花の咲にけり

『文化六年句日記』(2月)

荒川パノラマ公園の片隅にまた一茶の句碑があった。


なの花のとっぱづれ也ふじの山

なの花のとつぱづれ也ふじの山

『七番日記』(文化9年2月)

展望台に登る。


秩父連峰武甲山がうっすらと見えた。

碓嶺(たいれい)の句碑があった。


熊谷の見えて長閑けし芥子の花

荒川土手の芥子の花


碓嶺が榎戸の横田氏を訪れて詠んだ句。

   中山道榎戸横田氏探題

戸もさゝで笛ふく里や水鶏鳴
   玉芝

また旅の嬉しく成ぬさくらの実
   文玉

熊谷の見えて長閑けし芥子の花
   碓嶺

『をばながさ』

 安永9年(1780年)、碓嶺は上州坂本で代々旅籠を営む「中村屋」に生まれた。

姓は仁井田であるが、中村を名乗る。

「横田氏」は榎戸村の眼医者横田邦厖(文玉)と息子の氏宣(玉芝)。

荒川パノラマ公園を下りる。


一茶の句碑があった。


筏士の箸にからまる蛍哉

筏士の箸にからまる螢哉

『八番日記』(文政3年6月)

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