2023年大 分

遊歩公園〜発祥記念碑〜
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大分市に遊歩公園がある。

遊歩公園には4つの発祥記念碑があった。

育児院と牛乳の記念碑


 こゝ府内(大分市)に日本最初の洋式病院を建てたポルトガルの青年医師アルメイダは、わが國に初めてキリスト教を伝えたザビエルが去って3年後の弘治元年(1555年)には既に府内に来ていた。

 当時日本は戰乱が続き、國民の中には貧窮の余り嬰児を殺す風習があった。これを知ったアルメイダは自費で育児院を建て、これらの嬰児を収容し、乳母と牝牛を置いて牛乳で育てた。これは近世に於ける福祉事業の先駆である。

 この史実を顕彰するため、わが社は創業9周年記念事業として日本芸術院会員円鍔勝三先生に委嘱してこの碑を作り大分市に贈る。



昭和48年10月31日

株式会社マリーンパレス 社長 上田 保

西洋劇発祥記念碑


 この地にキリスト教が布教されて9年後の永禄3年(1560年)のクリス マスに、府内(大分市)のキリスト教会では信者の手によって、「アダムの堕落と贖罪の希望」、「ソロモンの裁判を願った二人の婦人」等々の西洋劇が演ぜられた。これが日本における洋劇の最初である。

 以来、府内教会ではクリスマスや復活祭に、聖書に基づく数々の宗教劇が演ぜられるならわしになった。

 図は前記ソロモンの裁判を願った二人の婦人の一場面で、日本彫塑界の権威東京芸術大学教授舟越保武先生の制作で、小社創業10周年記念事業の一つ として、大分市に贈るものである。



昭和49年10月31日

株式会社 マリーンパレス
取締役社長 上田 保 識

西洋音楽発祥記念碑


富永直樹制作。

 天文20年(1551年)聖フランシスコ・ザビエルが、ここ府内(大分市)の地でキリスト教を布教して以来、教会、孤児院、病院、学校がつぎつぎにでき,この地は日本最初のキリスト教文化の栄えた町となった。

 やがてこの町から美しい賛美歌の歌声が流れるようになったが、わけても弘治3年(1557年)の聖週間には聖歌隊ができ、オルガンの伴奏で賛美歌が合唱されたと、当時の文献は報じている。

 また外人神父からビオラを学んだ少年たちは、永禄5年(1562年)7月,領主大友宗麟の前でこれを演奏し大いに賞賛を博した。

 このように大分市こそは日本における西洋音楽発祥の地であるにもかかわらず、今日この史実を知る人はきわめて稀れである。

 わが社は創業7周年に当たり、この埋もれたキリシタン文化遺産を発掘し顕彰するためこの碑を建て、これを大分市民に贈る。

昭和48年10月31日

株式会社マリーンパレス
社長 上田 保

西洋医術発祥記念像も入れて、4つである。

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