私の旅日記2004年

津島神社〜碑巡り〜


上諏訪温泉「ぬのはん」から津島神社へ。

津島神社は国道20号(甲州街道)から中央本線を越えた旧道の先にある。


津島神社


お祭りの準備をしていた。

境内に伊藤左千夫の歌碑があった。


夕日さし虹も立ちぬと舟出せばまた時雨くる諏訪の湖

明治37年11月25日、伊藤左千夫は上諏訪へ。

『比牟呂』(明治38年1月15日)「つばな會歌會」に掲載。

意外なことに伊藤左千夫の歌碑を見るのは初めてだった。

斎藤茂吉の歌碑もあった。


諏訪のうみに遠白く立つ流波つばらつばらに見んと思へど

出典は『赤光』。

昭和63年(1988年)11月6日、下諏訪観光協会建立。

斎藤茂吉記念館によれば95番目の茂吉の歌碑である。

津島神社の外れには島木赤彦の歌碑がある。


高槻の木末にありて頬白のさへつる春となりにけるかも

島木赤彦

 本名久保田俊彦。明治9年、塚原浅茅の四男として上諏訪角間町に生まる。明治30年、久保田家の養嗣子。大正12年春、この歌あり。昭和29年石投場に建碑後、環境の変化により高木区民の總意にて昭和56年4月現地に移転す。

 津島神社の脇の坂道を上り、畑の中の道を行くと、島木赤彦と久保田不二子の墓が並んで建っている。

 島木赤彦は明治30年(1897年)21歳で下諏訪町久保田政信の養嗣子となり、長女うた(1877−1902)と結婚するが、明治35年(1902年)1月、妻死去。7月、義妹ふじの(1886−1965)と結婚。

島木赤彦住居跡へ。

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