昔の温泉長 野

上諏訪温泉「ぬのはん」

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霧ヶ峰から県道40号諏訪白樺湖小諸線を角間川沿いに下り、上諏訪温泉へ。


今日は上諏訪温泉「ぬのはん(HP)」に泊まる。


上諏訪温泉「ぬのはん」


 「ぬのはん」は呉服商「布屋」を営んでいた藤原半助が嘉永元年(1848年)に旅籠屋「布屋」を創業。明治16年(1883年)、三代目半助が上諏訪で初めて天然温泉を掘り当て、温泉旅館となった。

 アララギ派歌人の常宿として、島木赤彦を始め、斉藤茂吉など多くの歌人の歌会の場になる。

まだ早いので、「片倉館」のチケットをもらって、「片倉館」へ。

 離れ屋敷「赤彦の間」は明治38年に建てられたものを再建したもので、島木赤彦、斉藤茂吉、伊藤左千夫などの文人に愛され、アララギ派の歌人の間として利用された部屋。

とても泊まれる部屋ではないので、見学だけさせていただいた。

 大正2年(1913年)7月30日、伊藤左千夫は48歳で没。斎藤茂吉は布半で知る。

   悲報来

ひた走るわが道暗ししんしんと怺(こら)へかねたるわが道くらし

すべなきか蛍をころす手のひらに光つぶれてせんすべはなし

『赤光』

 アララギ派の歌人ばかりではなく、島崎藤村太宰治なども「ぬのはん」に宿泊している。

昭和35年(1960年)4月16日、久保田万太郎は布半に泊まる。

   上諏訪“布半”旅館に一泊

ゆく春や雀かくれし樋の中

『流寓抄』

湯めぐりパスポートで双泉の宿朱白」へ。

夕食までまだ時間があるので、「ホテル紅や」へ。

夕食後、「油屋旅館」へ。

湯めぐりを終え、「ぬのはん」のお風呂に入る。

「鮃(ひらめ)の湯」


広い浴槽だが、入っている人は少ない。

「鮃(ひらめ)の湯」の露天風呂


泉質はアルカリ性単純泉。

深夜1:00頃お風呂は入れ替わり、朝は「鯛(たい)の湯」。

「鯛(たい)の湯」の露天風呂


 湯船内は絶えず補湯と“ろ過”を繰り返しておりますので、湯垢もほとんど見られず、いつもきれいな状態を保っております。

 確かに湯船内はいつもきれいな状態のようだが、掛け流しでないのは残念だ。

津島神社へ。

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