虚子の句碑

金屏に描かん心山聳え



高崎市成田町に光徳寺という寺がある。


成田山光徳寺


成田山新勝寺の高崎分院

真言宗智山派である。

 昭和21年(1946年)12月1日、『ホトトギス』六百号記念北関東俳句会の折、高浜虚子は成田山光徳寺に泊まる。

もてなしは門辺に焚火炉に榾火

火鉢に手かざすのみにて静かに居

      十二月一日 『ホトトギス』六百号記念北関東俳句会。高崎、
      宇喜代。成田山泊。


虚子は光徳寺に2泊したようだ。

昭和27年(1952年)、川名句一歩没。

   句一歩を悼む

僧死してのこりたるもの一炉かな

炉に涙落として女僧を恋ひ

『野花集』

高浜虚子の句碑があった。


金屏に描かん心山聳え

昭和34年(1959年)12月1日、建立。

「ホトトギス六百号記念北関東俳句会。高崎、宇喜代。成田山泊」。父は小諸から、私等は鎌倉から。大勢参集。成田山(高崎)にこの句碑が後年、句一歩さんの句碑と並べて建てられた。

『虚子一日一句』(星野立子編)

昭和39年(1964年)、高野素十は成田山光徳寺で虚子の句碑を見ている。

   小閑あり 高崎成田山に旧友僧松山野山君を訪ひ歓待を受け、虚子句
   碑及び「上州の任侠の炉は心安」の句一歩句碑を見る。払塵閑坊は句
   一歩流謫当時籠居せし一坊にして、ホトトギス六百号祝賀がこの寺に
   催されし時虚子先生の一泊されしところ、諸々の感深し 二句

芍薬の花よ払塵閑坊よ

小盃散乱したり夏座敷

『芹』

さやも〜るへ。

句 碑