2020年高 知

龍河洞〜吉井勇歌碑〜
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香美市土佐山田町に龍河洞がある。

昭和15年(1940年)10月、吉井勇は龍河洞に遊ぶ。

  龍河洞

   土佐に奇勝あり。龍河洞といふ。一日瀧嵐子
   とともにここに遊びて詠みける歌

寂しさの涯(はて)を極めむ悲願持ち岩くぐる身をば反らせて

石雫あな冷たさよと思へども心はさまで寒からなくに

命ここに盡くると思(も)はね洞ふかく闇路を往けば光戀しき

絶え間なく石滴りてあるほとに百千劫はいつか經にけむ

『遠 天』

龍河洞入口の手前の道を上ると、龍河洞出口に出る。

龍河洞出口に吉井勇の歌碑があった。


絶え間なく
  石したゝりて
    あるほとに
   百千劫は
    いつか
     経にけむ

吉井勇歌碑について

 天成の歌人漂泊の歌人といわれる日本芸術院会員吉井勇は昭和8年の初遊以来数次にわたって龍河洞を訪れた。

 右の作は昭和15年10月探勝時のもので49首におよぶ大作中の1首を作者の筆蹟をそのまま刻し昭和32年10月建設したものである。

 除幕式には謝辞にそえて次の歌を寄せた。

   大いなる自然のちからたたへまし

      今日の祝ひにおもふことこれ

昭和32年(1957年)5月27日、吉井勇は龍河洞を見物する。

双葉山の臍摺り岩はいづこぞと龍河洞に來て案内(あない)者に問ふ


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