南嶺庵梅至

『奥羽の日記』


 宝暦5年(1755年)2月19日、南嶺庵梅至が高田を立ち、芭蕉の足跡をたどって江戸に到り、6月に故郷に帰るまでの紀行。

 途上で新潟の簔塚、立石寺の蝉塚、桑折の田植塚、上州一宮の旅寐塚を見ている。

 また、『奥羽の日記』初出と思われる芭蕉の句が収録されている。

奥羽の日記 乾

于時宝暦五のとし如月中の九日頻に彼道祖神の後へに随ひ柳の枝に又逢見んの言葉を結ひ旅路の空かどんです凡行程四百餘里其日数百廿日に垂たり

是そ扶桑第一の好風詩歌連誹の良材と聞へし中にも祖翁の金詠と聞からに

松嶋や夏を衣裳に月と水
   翁

亦其席に我師の自他の耳目を驚かし給ふは

消て湧く千嶋の妙や青嵐
   居士

是は奥юM夫馬耳か一軸をミる師の旅情眼の辺りに鳥の跡いとも慕ハしくて取拾ふ事にそ

五月雨の雲にも乗らん蝸牛
   士

奥より出羽へ越るに尿馬屋村と言へるに祖翁一宿し給ひてある時所の名に寄セて言出し給ふ今諸家の集に書誤りて馬のはりつく枕もとなとと印せり作者のミこゝろにたかへり迚(とて)羽の何某是を歎き予に懇に伝ふ

蚤虱馬の尿(シト)するまくら元
   翁

羽の吹浦より大師坂(崎)迚一里餘牛馬通路なき所有夫を過て小砂川と言所は難所ならすして是より小荷駄運送の處なれは此句を残して今人の口にあるを

涼しいに我にひかせよ馬の綱
   支考

象瀉旅客集をミれは此言葉を前に書給ひて

腰たけの汐はいと浅ふして鶴の求食るを

腰たけや鶴脛ぬれて海凉し
   翁

蚶かたの雨や西施か合歓の華
   翁

腰たけの五文字細道にハ汐越やとのせられたり即時を後に案しかへすとハこれらのことにや

象瀉や料理名に喰ふ神祭
   曾良
  ミの国
蜑の家の戸板を敷て夕涼
   低耳

波越へぬ契有てやミさこの巣
   曾良

彼旅客集は詩歌連誹に有名人の数を盡せり新古凡十巻斗名を知れる人は大海の一滴其衆作趣向は濱の真砂の数々梅咲郭公鳴て秋萩雪の朝金玉を並へ錦繍を餝る能往々に天下に用る手本なるへし

   留別会

秋十年セ却て江戸をさす古郷其は深川の留別是は又越の後州高田何某か首途能因西行の杖をしたふものか

契る事の華にこそあれ千草の芽
   南嶺庵

 幾日影をや荷ふ乙鳥
   糸巻

頃しも二月十九日幾久かたの思ひは只此日にまて遠き處も出立脚の元よりそ始り年月を渡り高き山の梺の塵ひちより成ぬそもやかすミたなひく松嶋象瀉をこゝろに名も長閑なる春日古城を弓手に見あけて

笠頼む千里や青き踏習ひ
   南嶺庵

十四日新潟に入善導寺の廣庭に祖翁の簔塚を拝す

塚の名を千本仰く桜かな

 詫明寺の境内にハ廬元坊の網代塚を築く

一年せ高城経回の折から彼の主の曰荒時や鳥も小春の華に一夜と有しも今は靈場の石碑と成て

橘やむかしの笠も網代塚

   前略

覗かるゝ顔も嬉しや青簾
   桴仙

 朝日に薫る佛手柑の花
   梅至

高田なる梅至雅兄奥羽行脚の道すから一樹菴に他生の縁を笑ふて打明したる風雅の深切一夜二夜の名残なからけふは朝出の笠となりて

時鳥待合せてや笠の旅
   許虹

一樹画一の両主人此程の厚情今は身にもあまりぬれは

袖に留て朽ぬ香や桐の華

羽州羽黒山に詣す一山霧に隠れ物のあやちもわからハこそ群立杉の林一里はかり過て不動瀧二王門石壇を十五六ヶ所を上り下りて本堂の前に至る。

青嵐立日はあれと胸の雲

十四日鶴ヶ岡風艸老人に対す折節心地例ならさるよし

短夜やよし更すとも宵の月

寐時に伺ふ釣初の蚊屋
   風艸

実や白扇逆に飜す東海の富士にすこしハ似通ひて田子に移る俤あり鳥海の白雪蚶満の湖上に横り水光天に接す

鳥海や富士に降日の雪序

多年の願ひも今日に至る千里を遠しとせすして象潟に来り日は西海に落かゝり湖面静々として鳥海を浸す雪を掻分波を呑そこはかとなく叩水鷄の聲扁舟に棹さし九十九森の眺望八十八潟の青葉の影花の上漕と讀れし姿眼前を去らて美景騒しからす雨に

西施か寐姿と見定られしも実もとこそは思ハれぬ暫大日堂の石壇に腰打かけつくつく思ふ瞽者は文章の観に與からすとや辱も予か手足六根足れる事を

さなきたに象瀉の暮や花樗

   腰たけの汐に寄て

藻の華や鷺の蚶踏む浅翠

爰に玉作を置く事始終を調へんとなり

   袖浦にて

糸魚や霞の紐のほつれより
   はせを

   松嶋象潟

魂か鳥か千嶋の夕すゝみ
   馬州

涼風や蚶か入江を連れあるく
   廬元

羅の内に脳めり合歓の花
   支考

   汐越冠石

誰人か岩に冠を着せつらん
   はせを

 かたかたとして能男かな

   大師崎

初汐や足にゆり込波の音
   馬州

   神宮寺

我もいさ矢の根拾ん鳶尾花
   支考

奥羽の日記 坤

四月廿四日最上川の初手渡り清川村に宿す廿五日朝舟に取乗順風逆波を立て走る

青葉山や舟の分ケ行最上川

   白糸の滝

白糸を染る茂りや幾ところ

   常陸坊の住る所とて仙人堂と言とかや

若き葉や是そ常世の小笹原

   古口村迄は舩道四里夢見夢覚早瀬の波に漂ふて

梅雨晴を船に預けて昼寐かな

廿六日林崎壺中亭に笠を落此主の庭上に文星観を移され

泉水に影や合せて鑑塔

 挑るまての細き螢火
   壺中

茶の暇にならはと膝をくつろけて
   翠枝

廿九日天童池青亭の商家に寐轉ひて

恵比須艸咲や酒に寐茶に笑ひ

 覗く柳の窓に風音
   池青

川ふねの誂物に状添ふて
   浦夕

晦日羽の山寺に詣す往昔慈覚大師の草創中堂は薬師奥の院多宝如来立せ給ふ抑梺より天辺に至るまて石を重て山とせり

下れハ立石寺の庭に祖翁の墳墓有此山の吟詠を塚の神とせり 彼句に曰

閑さや岩に染ミ付く入蝉の聲
   翁

蝉塚や其閑さを山の骨

十四日松嶋に趣く宮城野を横に三吉川村を尋ね壺の碑を望む笠とり風呂布を投て硯をならす

其銘に曰

      去京一千五百一里
      去蝦夷國界一百一里
多賀城 去常陸桎四百十二里
      去下野國界二百七十四里
      去靺鞨國界三千里

此城神亀元年歳次甲子按察使兼鎮守将軍従四位上勲共大野朝臣東人之所置也天平宝字六年歳次壬寅参議東海東山節度使
西
従四位上仁部省卿兼按察使鎮守将軍藤原恵美朝臣朝狩修造也(※「狩」は獣偏に「葛」)

天平寳字六年十二月一日

鹽竈明神を拝し和泉三郎の燈籠有宮立古く石壇高聳て斯る邊土に稀代なる粧ひ神器の塩釜四つ各水いろ等しからなはなし

五月雨や釜に湛て四つの錆

いまた日高けれは冨山の眺望せはやと旅宿に風呂布を投捨大仰寺の堂前に至る実や心うき立とれからや見んと彼所の石に尻打寄抑嶋として隠るゝもなく波浪朝に起り水煙暮に生す南冥東海の廣所に三筋の汐口有てさし引汐の折々千嶋只一眼中に出来る扶桑第一の好風多年のこゝろ此時に解

松嶋を筥に覗くやほとゝきす

明れハ五月十一日雄嶌より舩に乗半眼にして八方を望あらゆる嶋の大小松の形大和ならぬ風流画とも具には顕しかたかるへくそ其嶋

の影波間に浸し潮と見るもの皆青し

涼しさや嶋漕登乗落ろし

舩を上りて野田の玉川末の松山を詠め八幡村に尋入て沖の石を捜す是や田家の背戸に有て案内なくハ得る事かたかるへし石老ひて青苔滑に雨旧苔を洗ふ

沖と見しは石の神代や苔の花

再度仙府に帰る止鳥菴興行

莟あり咲あり中に芥子の華

 垣もまはらに菴の五月雨
   芳奸

木枕を迯(ハス)せは酒の友か来て
   棠雨

 買て置きやれと囁は何
   宴此

十三日名取川を渡實方の塚は何處にあると問へは是より左に入て笠嶋と云所に有とや又道祖神の社ハ右に茂れる森なりとて降くさりたる霖雨心斗ハ遙に通へとも

五月雨や片手に重き竹の杖

伊達の大木戸を過て源義経公腰かけ松を見る枝葉鳥の羽を重ね地を穿枝あり天に逆登有高き事壱丈斗東西二十間余南北十五間彼云ふ御爵に預ル松なと是に争か勝らんや

田植見ん松の一樹を蓑に笠に

十四日桑折の馬耳を訪ふ猶子新五郎の曰六年已前の古人と成と

尋るに甲斐なし噫十人の酬和九人ハなし

なきを訪ふしるへの水や杜若

好子馬耳か築る田植塚をミる

風流や長き早苗の植ちから

十七日等舟下部を添て文字すりの石へ案内心安く至る

文知摺の命もミせる覆盆子哉

宗祇戻しの坂

今も其宗祇戻しや蟾の声

廿四日白川を立て吉次兄弟か塚をミる奥野の国境両社明神を拝し芦野の里道野辺の清水に望む

涼しさのすゑやなかれて柳陰

絹川

きぬ川や扇子流れて波の文

   荒沢裏見の瀧

下野の華や表は瀧の裏

   寂光の布引

布曳や晒春なる瀧の壺

此程は長雨古木を埋むて海中のことし六月二日一天霽渡りぬけふや中禅寺へ詣んと里羽子か先達して懐より取出し冠るを見て

白雨に出ものみせん畳笠

乗らぬ積りの舟に涼風
   里羽

六月五日快晴にして御山を跡に見奉り惣社村室の八嶋の方を遠見す往昔火火出見の尊の住給ふ處とかや木華咲や姫の謂有しより古哥にも煙の言葉を用詠とかや今日は八嶋も丘と成りて八社立せ給ふとかや

青葦や八嶌に戦く風の跡

上州一宮に詣爰にも翁の塚をものして旅寐塚と印す華のかけ謡に似たる旅寝哉の句なり

麻の香や實にも旅寐の花の陰

   妙義山

祇園會や鉾立飾る妙義山

   浅間山

白雨や是そ浅間の涌こほれ

   善光寺

罪科も汗拭ふ跡や丸佛

   祖翁の吟詠所々書写

蓑虫の昔を聞に来よ草の菴
   はせを

   大黒自画賛

忘るなよ神の頭巾の卜(シメ)くゝり
   はせを

   自画賛

月か華か問へと四睡の鼾かな
   はせを

   日光山

有難や此下闇も日の光り
   はせを

   華表梅の自画

大威徳有り有り梅の二柱
   はせを

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