加藤暁台
『暁台句集』(臥央編)
暁台先生発句集 上 |
春 之 部 物わかれ、人語はしめておこる 元日やくらきより人あらはるゝ 武陵迎春 |
としの名残をしまむと再可子が楼上に遊ぶ夜、門々に鈴ふりならし、清秡して大路をわたるものあり。 |
とし越の旅ゆきなりに辻はらひ |
猶曙のけはひ見てむと酌て、大(太)陽を待ふたりみたり、楼は隅田川の西岸に造り掛て、下総の国の限を見さけ、十字街頭に市声をさぐれば、さながら清して閑なり。 |
我と人と深山ごゝろや初日影 梅咲て十日にたらぬ月夜かな 火ともせばうら梅がちに見ゆるなり 武州八王寺(子) 星布 暁のほしを緡(つづ)りしやなぎかな 春 風 はる風の夜はあらしにみだれけり 春さむし貧女がこぼす袋米 人の親のやけ野の雉子うちにける 紅梅や檜垣崩れておぼろ月 夏 之 部 まり子にて 更衣まづ宗長の塚に詣ヅ 武蔵の玉川を渡る日 玉川の浪かけてけりころもがへ 長安万戸子規一声 ほとゝぎす南さかりに鄙ぐもり 十日ほど淡路をさらず郭公 月は月夜は短夜と別れけり 夏 雑 みどり長く夕雨廻るあらし山 端 午 浅香にて かつ色やかつみかけ行負具足 丈芝坊がみちのくへ帰るを送る 二とせや身に添ふ蠅も打て去レ 安達が原 黒塚や蚋(ぶと)旅人を追ひまはる 丈芝が薙髪せし時 髪の落見れば涼しき泪かな みちのくにて 陸奥殿の凉台なり千松島 |
暁台先生発句集 下 |
秋 之 部 |
ひとゝせばせをの翁、此国をたど りて、うき身の宿てふことを雨に そへて、かなしみ申されしを、ふと 星の夕に思ひ出て、 |
下り帆にほしや迎ふる浮身宿 |
左中将城破れて、洪鐘此金ヶ崎の 海に沈しと言伝れば。 |
鐘はふかし浪近ければ秋の声 信濃の道下り、甲斐のさかひに入 川風のうつりも行かをみなへし 亡母野送り 霧煙今や骨ならむ肉ならむ 芒 犬の声しばし里ありてむら芒 |
よし田・山中・砂走などいへる所 |
||||||||||||||||||||
は裾のゝはしりに、家づくりせし |
||||||||||||||||||||
村々なり。芭蕉翁、武陵天和の変 |
||||||||||||||||||||
にあひて、暫留錫ありしも此あた |
||||||||||||||||||||
りなり。 |
||||||||||||||||||||
山中にて |
||||||||||||||||||||
山がつの頤(おとがひ)とぢるむぐら哉 | 翁 |
|||||||||||||||||||
川口にて |
||||||||||||||||||||
勢ひあり氷柱消ては瀧津魚 | 仝 |
|||||||||||||||||||
雲霧の暫時百景を尽くしけり | 仝 |
|||||||||||||||||||
是等の吟をとゞむ。百景尽すに今 |
||||||||||||||||||||
猶不及、夫より山深く入て。 |
秋寒し日蔭のかづら袖につく |
秋 山 秋の山ところどころに烟たつ |
三日月塚懐古 大曽根の成就院、今は悉皆頑度 仏跡地を返して粟稗畝(あぜ)をたゝみ、 彼三日月の碑はものゝ隅に押入、 うしろざまにすうゑたるなど、いと 哀に覚えて。 |
ありとだに形ばかりなる三日の月 蜀黍(たうきび)の穂首になびけ三日の月 仲秋ふたむら山にのぼりて 奥山は霰雲なりけふの月 |
信濃の道くだり、甲斐の国に歩みを引ちがへて行ほど、藤田の可都里は年頃文してしれる好人なれば尋ぬ。其夜ごろにもあれば、月を見せばやなどわりなくとゞめられ、望の夜もこゝに遊ぶ。士峯の北面まぢかくひたひにかゝるやうなり。 |
高根はれて裏行月のひかり哉 |
今宵空のきよらなる、十とせにだもえこそ覚ねなど、誰かれと共に夜更るまで興ず。 |
堪ずしも薄雲出るけふの月 |
其余にも巨勢大納言の画は、頼朝公の賜のよし。今千歳の家名をかたぶけず、国にめで度誉なりけり。酒折の神社は甲府の東はつかに去て、山の辺にたゝせ給ふ。こは日頃まうで侍る我国熱田のおほん神と一躰におはしませば、羈旅のうへたももともぬるゝばかち、猶有がたう覚えてぬさ奉る。 |
小墾田のをはりの初穂かくもあれ 象潟やいのちうれしき秋のくれ 菊の九日遊大津旧都 けふの菊なき世の都めぐり哉 きくの日清見寺に詣て 雪舟が筆の走りか菊の露 十三夜戸塚の駅にやどりて 月にゆかば鐘に夜明む建長寺 |
洛の夜半主人、幻住庵のかり寐訪れし時 丸盆の椎にむかしの音聞む ときこえしに、かたみて月を松もとの山 とかい付侍る。 日頃おもひまうけし事ども、とひもしいらへもしつ。月は四更にかゝる。夜のかさねいとうすく、裾引かくし肩おしならべて夢境に入、叟がしわぶきに目ざめて |
暁の寐すがた寒し九月がや(※「巾」+「厨」) 老情旅にせまりて再び白川の関をこゆる。 見つゝゆけば茄子腐れて往昔(むかし)道 |
うらさぶる日、たどりたどり木母寺にいきて、仏念じツゝあはれ成くまぐまをも見めぐり、日くれんとするほどに、鐘も鳴鴨なきさわぐ、此日は秋のなごりなりけり。 |
木母寺の灯に見る秋の行方哉 |
風あらに雨さへ降そひてやゝ寒し。誰かれも心ひとしう、いざわび寐してんと、むしろの端のやどり乞て臥ぬ。三更の頃さえざえしう空うちきらめきて、翌れば又うめ若の古墳に詣づ。 |
みの虫を撃ことなかれ落葉かき |
すみだ川のわたりにかゝりて、いにしへをしのび今をおもひ、ともなふ人々歎く也。我もなく。 |
日たゞ夜たゞ都をさしてかもめなく 冬 之 部 義仲寺蕉翁牌前 霜にふして思ひ入事地三尺 文字摺石 草よくも生たり霜のすり衣 |
御堂の十夜にまゐりあひて、又あひがたき法燈のかげにかゞまり、通夜の人々とゝもに念じつ。こよひ此みあかしに別れ奉らん事、名残をしう唯心細う覚て。 |
十方十夜御仏の前去がたき さむそらやたゞ暁の峯の松 冬 川 冬川や簸(箕)に捨てやる鳥の羽 鷹 出羽の国にて あら鷹や山を出羽の朝曇り 雪もてる雲の尻兀ちからなし 仏魔窓馬州が十七回忌の句を乞れて 仏も魔も暁は雪の十七年 師 走 さくさくと粟搗師走月夜哉 |