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永承6年(1051年)、源頼義・義家が前九年の役の帰途、この地の美しさに魅了され、背負っていた弓矢を岩窟に納めて祭ったことが「矢祭町」の名の由来になったそうだ。 |


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平安末期の歌人(新古今集)の歌人。 法師は、鳥羽上皇の北面の武士であったが、23才で出家して諸国を行脚したと。自然歌人と言われる中にも、人間臭さの強い歌風で後世に影響を与えている。この歌も法師が、みちのく行脚の折り当地に立ち寄り、矢祭山の景観に心を打たれて詠まれた歌です。 |

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五月十七日 袋田を出て矢祭山へ |
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久慈川は常に車窓に新樹行 旅にゐて五月も半ば過ぎつゝあり 父想ふことが力よ新樹行 |
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つつじの美しさに目を見張る |

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延宝元年丑歳 1673年9月2日 |
