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明治維新後、武士の救済と、新産業による新産業による近代化を進めるため、安積地方の開拓に並々ならぬ想いを抱いていた大久保利通。夢半ばで倒れた彼の想いは、郡山から西の天空にある猪苗代湖より水を引く「安積開拓・安積疏水開さく事業」で実現した。 奥羽山脈を突き抜ける「一本の水路」は、外国の最新技術の導入、そして、この地域と全国から人、モノ、技を結集し、苦難を乗り越え完成した。この事業は、猪苗代湖の水を治め、米や鯉など食文化を一層豊かにし、さらには水力発電による紡績等の新たな産業の発展をもたらした。 未来を拓いた「一本の水路」は、多様性と調和し共生する風土と、開拓者の未来を想う心、その想いが込められた桜とともに、今なおこの地に受け継がれている。 |


| オランダ人ファン・ドールンは明治5年から明治13年まで政府より土木技師として招聘され、全国の河川、港湾、感慨工事の調査立案に携わり近代日本の土木技術の発展に貢献した人物です。 |

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松柏の嵐の底や 返り花 三汀 |
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文豪久米正雄が安積中学(現安積高等学校)に学び、学制時代に好んで散歩した夢多き青春を送った思い出の地である。 久米は中学時代開成山の3つの池にちなみ俳号を三汀とつけた。 彼は、芥川龍之介や菊地寛らと共に、夏目漱石の弟子として文壇に出て活躍した。 「三浦製糸工場主」や「牛乳屋の兄弟」などこの地方を舞台とした戯曲や小説を書いているが、中でも代表的なものに、戯曲「阿武隈心中」3幕がある。 |
