2025年千 葉
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神馬像〜諏訪神社〜

東武鉄道野田線豊四季駅下車。

流山市駒木に諏訪神社がある。


大同2年(807年)、信州の諏訪大社から分祀・創建されたとされる。

神馬像


神馬について

今から約千年前、平安後期の武将源義家(八幡太郎ともいわれ陸奥守鎮守府将軍)は、奥州の豪族が反乱を起した際に、朝廷の命を受けて、追討のため下向の途次、当神社に参詣して、戦勝を祈願し、その戦役が鎮定しての帰途再び当神社に詣でて、乗馬及び馬具を奉献して、神恩に報謝した。その古い記録に基づいて、この度、先年社殿を葺替えた際の古銅を以って、この神馬を鋳造しました。

山上憶良の歌碑


銀も
金も玉も
何せむに
まされる宝
子にしかめやも
西望書

『万葉集』(第5巻)収録の歌である。

歌碑に寄せて

万葉集の歌人山上憶良は「白銀金も玉石も何としょう。すぐれた宝も子に及ばない」と子を思う親の心を表した名歌です。長崎の平和公園の平和像の制作者北村西望先生が当社のために101才のときに書いて下さったものです。

「子育ての神様でございます、お諏訪様」に相応しい歌なので碑を建てました。

昭和62年(1987年)3月4日、北村西望は102歳で没。

平成6年(1994年)、雨宮敬子は日本芸術院会員となる。

随身門


随 身


   


平成17年(2005年)、御鎮座1200年を記念して建立。雨宮敬子制作。

令和元年(2019年)7月31日、雨宮敬子は88歳で死去。

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