
| 元禄二仲春、とう山旅店にて |
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| かげろふの我肩にたつ帋子哉 | ばせを |
| 水やはらかにはしり行音 | 曽良 |
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『雪満呂気』(曽良遺稿) |
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「冬のよそおいである陽炎を着たままの肩に、ふと気がつくとゆらゆらと陽炎が立って、早くも春のけはいが感ぜられることだ」という意。 いち早い春の訪れに驚くとともに、あらためて自己をふりかえっている心である。『雪丸げ』などの前書によって、とう(※「口」+「荅」)山が出府して旅店に居たのを訪れての吟であることが知られるが、単なる属目吟にとどまらず、いわば自省の句として独立させようとしたものであることが、「冬の紙子いまだ着かへず」という前書からわかる。紙子が冬のもので恐らく着古したそれであることを心におくと、意外な発見に驚き、自己をあらためてふりかえっている気持がくみとれよう。殊に中七に据えられた「我が肩に」という把握にはおどろきのみならず、つつましいよろこびのひびきが感ぜられるようだ。それは、「三月節句過ぎ早々、松島の朧月見にと思ひ立ち候。白河・塩釜の桜御羨しかるべく候」(元禄二年二月十五日付桐葉宛書簡)とある。その時期の近きに躍り立つ心でもある。 |
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寛保3年(1743年)10月、俳聖芭蕉翁五十回忌の際に国府(こう)の俳人米林下(べいりんげ)(小沢才二)が建てたもので、現在東三河に残る句碑では一番古いものです。
豊川市教育委員会 |
