島崎藤村ゆかりの地

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小諸義塾

しなの鉄道小諸駅の裏手に「小諸義塾跡」の碑がある。


小諸義塾跡


 明治26年(1893年)11月25日、木村熊二は小諸市内耳取町に私塾として小諸義塾開校。

 明治29年(1896年)4月、この地に2階建て校舎を新築した。

 明治32年(1899年)4月上旬、島崎藤村は小諸義塾に英語、国語の教師として迎えられた。

 同年4月下旬、藤村は函館の網問屋秦慶治の三女冬子と結婚、小諸町馬場裏の士族屋敷跡に新家庭をもつ。

明治37年(1904年)、日露戦争勃発。

明治38年(1905年)、藤村は東京へ去る。

明治39年(1906年)3月、小諸義塾閉鎖。藤村『破戒』を自費出版。

小諸市立小諸義塾記念館


 閉校語、小諸駅の拡張にともない、市内の田村病院に移築されていたが、小諸市が田村家から寄贈を受けて旧地の向かいに復元した。

記念館の右手に「惜別の歌」の歌碑がある。

懐古園へ。

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