2010年山 梨

古今和歌集の歌碑〜武田信玄公の像〜
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JR中央本線塩山駅北口を出る。


古今和歌集の歌碑があった。


しほの山さしての磯にすむ千鳥きみかみよをはやちよとそなく

歌碑の裏に塩山の由来が書いてある。

 塩山(しおのやま)は塩山市街地中央に位置して標高552.7m、塩山温泉町からの比高143mを測る孤山である。

 『古今和歌集』の「賀歌(がのうた)」に詠み人知らずとして「しほの山差出の磯にすむ千鳥君が御代をば八千代とぞなく」と詠まれて以後「しほの山」は歌枕として多くの歌人に好んで用いられ、室町時代になると「塩山蒔絵」のような美術工芸品の意匠にすでに発展した。なお箏曲「千鳥の曲」でもよく知られる。

 「しほのやま」の名の由来については定かではないが、康暦2年(1380年)抜隊得勝禅師がその南麓に向嶽寺(当時は向嶽庵)を開創した際、「塩山」を山号にした。これを向嶽寺中門(重要文化財)に懸かる抜隊禅師書の扁額に見ることができる。

 明治36年(1903年)国鉄(現JR東日本)中央本線開通した際、駅名に「塩山」を用いた。次いで昭和3年(1928年)に当時の7里村が町制を施行するにあたり塩山町となり、同29年には周辺5村と合併して塩山市が誕生した。

 平成17年(2005年)11月1日、塩山市は勝沼町・大和村と合併して甲州市となった。

塩山駅北口には武田信玄公の像もある。


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