2018年山 口

伊藤博文旧宅〜伊藤博文像〜
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松陰神社から伊藤博文旧宅へ。


 国指定文化財(史跡)

 この建物は、最初、水井兵衛(伊藤直右衛門)の居宅であったが、安政元年(1854年)に博文の父十蔵が一家あげて伊藤家に入家してからは、博文の居宅となった。ここで、博文は吉田松陰の門下に入って教育を受け、志士として活躍した。明治元年(1868年)に兵庫県知事に赴任するまで、ここを本拠とした。

 その後、明治憲法制定の任にあたってその功を遂げ、初代内閣総理大臣に就任するなど政府の要職を歴任した。

旧宅内部


 明治42年(1909年、ハルビン駅で安重根に暗殺された。

 明治43年(1910年)2月15日、河東碧梧桐は伊藤博文の生誕地を訪れている。

 故伊藤公、桂侯、山県公などの誕生地を凧の長閑な影の下に歴順して、殆ど萩の町を一週した。木村氏と共に高大楼に飲んだ。


公爵伊藤博文像


昭和5年(1930年)10月26日、建設。

吉田松陰誕生地へ。

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